ボレロ - 第二楽章 -
16. melancolia メランコリア (憂鬱)
窓辺からもれる光はまばゆく、カーテンを開けると思ったとおりの雪景色が広
がっていた。
開けた窓の隙間から流れ込む空気が、一段と冷え込んだ冬の朝の様子を教え
てくれる。
昨夜、温かなコートに寄り添いながら見上げた空は鈍色で、冷気と空の色から
雪の予感はあった。
気まずいままの別れを、少しだけ後悔していた。
間際まで腕に添えられていた手をあっさりと離し、すねた顔のまま車を降りた。
車の中の彼の顔が落胆しているだろうとわかっていながら、振り向くこともな
く歩き、急ぎタクシーを拾って乗り込んだ。
大人げないとわかっていても、一度卑屈になった気持ちは簡単には修正できな
いものだ。
あまりにも正論を述べる彼の口調が癇に障り、昨夜も私の不機嫌は直らな
かった。
「反対どころか、お袋はむしろ賛成だった。君のことも頼もしいと言っていた」
「それは、私がどこの誰なのか、あなたのお母さまがご存じないからよ」
「誰であろうと反対はしないよ。親父も同じ考えだ」
「お父さまはそうおっしゃっても、お母さまが同じとは限らないでしょう?
私はあなたのように、楽観的にはなれません」
会うたびに繰り返される会話は平行線のまま交わることはなく、こうして今も
引きずっている。
交際している女性がいる、縁談はすべて断ってくれと言ったと聞き、そこまで
はっきりとご両親に告げてくれたのかと嬉しさに包まれたのもつかの間、具体
的に誰であるかは告げていない、君の名は出していないと聞いたことから、
それまでの弾んだ気持ちは一気に沈んでいった。
さらには、静夏がなにもかも話してるはずだ、だからわかっているだろうな
どと、私の気持ちを逆なですることを言いだした。
お袋が反対なら、静夏に話を聞いたあと自分に何か言ってくるはずだ、それも
ないのだから、安心していいと言って譲らない。
お母さまの前で、なぜ私の名を口にしてくれなかったの?
あなたから直接伝えて欲しかったのに……
彼は私の気持ちなどわかろうとしない。
夜のカフェで聞いた日から ”私の名前を伝えてくれなかった” ことに、
こだわり続けていた。
アメリカに出張に行く前に、もう一度会えないかと連絡があり、さすがにこの
ままではいけないと思いなおし会うことを承知したのに、私はまたも彼の言葉
に言いがかりをつけていた。