ボレロ - 第二楽章 -
1. con abbandono コン・アバンドーノ (思うままに)
我が家のしきたりというほど大袈裟なものではないが、大晦日から
正月二日まで、家族と一緒にホテルで過ごすことになっている。
幼い頃は旅行気分でそれなりに楽しみだったが、中学高校になると親と一緒の
旅行など鬱陶しさがあり、どうやって逃げ出そうかと画策したものだ。
年末年始に行われる学習会と称した宿泊セミナーは、親の目から逃れる
チャンスとばかりに意欲的に参加した。
考えることはみな同じらしく、似たような家庭環境の同級生に誘われ参加した
のが最初だった。
勉強の振りさえしていれば何ら問題はなく、セミナー自体はホテルの一室に
缶詰だが、宿泊のために与えられる部屋は個室で、誰に指図されることもなく
冬休みを過ごせるのだ。
プライベートタイムの自由に味をしめ、夏のセミナーとともに皆勤賞という
真面目さだった。
夜の自己学習時間後は、各々の部屋を訪問してはコソコソと肩を寄せ合い、
いかがわしい話も繰り広げられていたのだが、男子だけのセミナーである
ことが親の安心を買っていたようで、我々にとっては格好の集いの場になって
いた。
「宗らしい発想ね。セミナーには潤一郎さんも?」
「潤は家族と一緒だった。高三の夏だけ参加したかな。そのとき言われたよ。
”宗は こんなところで息抜きをしてたのか” ってね」
「真面目な潤一郎さんには、お兄さまの悪巧みは見通せなかったのね」
「悪巧みとはひどいな。勉強が目的だよ。
最終日にはテストだってあるんだ、遊んでばかりじゃないさ」
「ウソばっかり。勉強なんて、集中セミナーを受講しなくても
普段からこなしてたはずよ。
10代の男の子が集まって何を話してたのか、大体の想像はつくわね」
珠貴は当時の様子を見てきたかのような口ぶりで、私たちの素行を暴き立てる。
年明け四日まで会えなかった理由を並べながら珠貴の肌に挑んでいたはずが、
いつのまにか形勢逆転となり、上から見下ろした目は ”どお 私の言った
とおりでしょう” と言わんばかりに鋭く見つめ、腰の柔らかな動きは
私の理性を崩すタイミングを計っている。
「でも、それも高校まででしょう?
大学のときは、どんないい訳をして逃れたの?」
「親の言うとおりに従ったよ。家族そろってホテルで新年を迎えた」
「ふふっ、やっと反抗期が終わったのね。
大学生になって、ようやくご両親のお考えがわかった。そうでしょう?」
「そうだよ……じゃぁ、何か? 君には両親が考えていたことがわかるのか?」
繋いでいた手をはずすし私の口元をなぞりながら 「えぇ、そうよ」 と
意味ありげに微笑んだ。
そんなときの珠貴の顔は、ゾクッとするほど美しい。
「近衛のお家でお仕事をなさっているみなさまに、
お休みをとっていただくためでしょう。ご家族の方がお家に残られては、
誰かがお世話をしなければならないんですもの。
いつもお世話をしてくださる方々の年末年始の休暇のために、
ご家族のみなさまはホテルで過ごす。
そういうことでしょう?」
「君にはかなわないな」
大学に入る歳になるまで、そんなこともわからなかったのかと言われたような
ものだったが、珠貴の言葉に不快は感じなかった。