ボレロ - 第二楽章 -
『須藤社長は、恐縮されながらも喜んでおられたよ。
このまま話を進めたいそうだ』
『僕も社長から電話を頂いたよ。交換条件のようで気が引けたが、
お嬢さんとのお話は、こちらの都合でお断りしたからね。
今日も、本来なら僕が伺うべきなのだろうが……近衛君、助かったよ』
『礼を言うのはこっちの方だ。
業界でも手堅い経営をこなすと評判の須藤社長だ。
一度顔を合わせてみたいと思っていたからね。親しく話をさせてもらった』
『お嬢さんにもお会いできたんじゃないか?
珠貴さん、なかなかの美人だろう』
『あぁ、キリッとした顔つきで、なかなか手ごわそうなお嬢さまに見えた』
『あはは……君にはそう見えたか。
近衛君は、もっとしとやかな女性が好みなんだろうな』
私と霧島君の電話のやり取りを、平岡がさも可笑しそうに聞いている。
霧島君の事情を知ったのは偶然だった。
須藤家が主催するガーデンパーティーの出席者に彼の名前を見つけ、懐かしく
思い出したのだった。
彼とは中学・高校と同じ学校に在籍しながらあまり接点はなく、それほど
親しくはなかったが、真面目な性格に加えて穏やかな人物だったと記憶して
いた。
人当たりが良く、厄介なことも面倒くさがらずにこなすことから、何かと
頼りにされ同級生からも一目置かれていた。
そんな彼が、珠貴との縁談を望んでいることが奇妙に感じられ、高校の後輩
でもある平岡の前で 「霧島君を覚えてるか? 彼も婿養子候補の一人だ」
と漏らしたことがきっかけだった。
「それはおかしいな。霧島さんは僕の従姉妹と婚約間近だと聞いています」
「ちょっと待て。なんでそんなヤツが、
どうして婿選びのパーティーに来るんだ」
「さぁ、でも婚約が決まったのは間違いないです。
叔母から聞かされて、僕は母から散々嫌味を言われましたからね」
平岡は父親の会社を継ぐ立場にあるため、彼の両親は立場に見合う女性を
希望していたが、仕事先で出会った蒔絵さんと交際を続けていた。
蒔絵さんが平岡の家にそぐわないというのが、両親の反対の理由だと聞いて
いたが、いまだに両親とは平行線であるのか、平岡の顔が忌々しげに歪んで
いる。
「霧島君の性格から、婚約者がいながらほかの縁談を受けるとは思えない。
もしかして、断れない事情があるんじゃないか」
「それは考えられますね。従姉妹に聞いてみます」
翌日、平岡からもたらされた話はこうだった。
霧島君に交際相手がいると知りながら、須藤家との縁を結びたいと願う
叔母が、先走って縁談を申し込んだという。
叔母夫婦には子供がなく、可愛がっている甥の将来と自分たちの利益を結び
つける縁談を躍起になって進めた。