ボレロ - 第二楽章 -
展示会の出展は初めてではないが、今回は特に早めの準備をと心がけた。
先週から現地入りしているスタッフからは、思いのほか手応えが良く新規開拓
が望めそうですと、嬉しい報告が届いている。
秋の事件で、クレームだけでなく社内の騒動までマスコミに書き立てられ
『SUDO』 の名は、思いのほか知れ渡った。
イメージダウンは免れないと覚悟していただけに、幸先の良いスタートに胸を
なでおろした。
車窓から見える街並みに目をやりながら、神戸の街に来たのはいつだったかと
思いをはせる。
観光地であるとはいえ、平日の午前中にしては人の往来があり、手をつなぎ
散策するカップルも少なくない。
以前は、自分もあの中の一人だったのだと、苦い思い出が去来した。
新幹線で読んだ雑誌の記事に、『岡部真一』 の名を見つけてから過去への扉
を開けてしまったのか、忘れる努力をしていた記憶が次々と蘇る。
いまでは思い出すこともなくなり、記憶の中から消したつもりでいたのに……
大学は私にとって新世界だった。
それまでの生活は一変し、何もかもが新鮮で、すべてにおいて貪欲に取り
組んだ。
岡部真一と出会ったのは、大学二年の夏だった。
友人が憧れる先輩として紹介された彼は、いつしか私へ好意を示すように
なった。
出会ったときから彼へ想いを寄せていた私は、募る感情を隠す術を知らず、
気持ちを伝え合うまで時間はかからなかった。
在学中にはじまった交際は彼の卒業後もつづき、私の卒業を機に両親に紹介
した。
彼が当時の勤務先を退職し 『SUDO』 に入社したのは、私の父の勧めによ
るもので、着実に将来への足固めをしていったのだった。
あのころ、自分たちには開けた未来だけがあると信じ、ずっと二人で将来を歩
いていくのだと疑うことはなかった。
互いの休日が重なった日 「神戸に行ってみようか」 と、遠くへ誘われた
意味など考えもせず、そのわずか数ヵ月後に別離がやってくるとは想像だに
しなかった。
『君のお父さんから、できるだけ離れた場所に行きたかった』
『毎日息が詰まりそうだった』
すでに重荷となっていた会社と私から逃げるように、父の目が届かない所へ隠
れるように、休日のたびに遠出を繰り返すようになった理由を知ったのは、
ずっとあとのこと。
彼がそれほどまでに追い詰められていると考えることもなく、彼も私が無理を
しているのではないかと思いやることもなく、二人の信頼関係さえも崩れてい
たと気がついたとき、決別は動きようのないものになっていた。