ボレロ - 第二楽章 -
立ち去る人の背中が見えなくなるまで見送っていた私は、探しにきた蒔絵さん
に声をかけられるまで、かなりの時間をそこですごしていた。
「穏やかな方でしたね」
「でもね、おっとりとしていらっしゃるようで、背中に一本筋の通った方よ。
はぁ……緊張したり感動したりで、彼とケンカしてたのも忘れちゃったわ」
忘れたと言いながら、宗との意見の相違の全容を彼女に披露していた。
時には笑い、時にはうなずきながら私の話を聞いていたが、
「それでも……」 と静かに蒔絵さんは口を開いた。
「もっとこうして欲しかったと言えるのは、
近衛さんとの関係が崩れない自信があるからだと思います。
愛されている自信があるから、何でも言えるんです」
「あらっ、そお?」
「わぁ、そういうのをノロケっていうんですよ」
私だって自信はあるんですよ、ノロケですけどと、蒔絵さんが笑いながら付け
加えた。
秘密の恋を進行中の彼女とは、ときどきこうした話をする。
「近衛さんのお母さまは、どのようなお話を?」
蒔絵さんが、一番気に留めてくれていただろうことを口にした。
「宗一郎が決めたことに反対はしないと決めておりましたと、
おっしゃって下さったの。嬉しい言葉だけど」
「厳しい言葉でもありますね」
「そうね、自分で決めたことに責任を持ちなさいということですもの」
「わぁ大変、ケンカしてる場合じゃありませんよ」
「早急に関係を修復しなくちゃ」
「でも、あと一週間は会えませんね……」
蒔絵さんの声がして、申し合わせたように二人で空を見上げた。
蒔絵さんと交際している平岡さんも、宗の出張に同行していた。
海外出張に出かけると、電話はおろかメールさえこない。
それは今に始まったことではなく、宗が帰国しても彼からの連絡がない限り、
次に会う予定は未定だった。
今日が帰国の日だと知っていたが、空港から会社へ向かうかもしれない、ある
いは実家へ帰るかもしれない。
彼がマンションへ帰ってくるという保証はなかったが、今夜は待とうと決めて
いた。
『おかえりなさい。お部屋で待っています 珠貴』
飛行機が着陸後、携帯を確認すれば気がつくはずだと期待を込めて、名前を添
えたメールを送り、彼の帰りを待った。