ボレロ - 第二楽章 -
いつの間にかウトウトしてしまったようで、宗のマンションに着いてから二時
間が経っていた。
時計の針は夜9時過ぎを示している。
メールに気がついてくれたならそろそろ帰ってくるはず、それとも待ちぼうけ
になるのか、と思うのと同じくして玄関から音がして、私は反射的に立ち上
がった。
廊下を走ってきた彼によってリビングのドアが開けられたが、そこから動くこ
となく立ち止まっている。
よほどあわてて来たのだろう、息は弾み肩が大きく揺れていた。
「メールに気がついて、急いで帰ってきた」
「おかえりなさい」
「ただいま……部屋で待ってるなんて、こんなの初めてじゃないか。
どうしてここに?」
「会いたかったからよ」
えっ……と言ったきり、宗は体を硬直させてしまった。
予測していなかった答えに全身で驚き ”会いたかった” の意味を必死で
探っているようだ。
「どうしても、今日会いたかったの」
「今日でなければいけない理由があるということか」
「理由はないわ。会うのに理由がいるの?」
近づき、伸ばした手が宗の腕に届いても、まだ彼の目は用心深く私を見つめて
いる。
じっと動かない体に一歩近づき、頭を胸にあて顔を預けた。
ようやく動き出した手が、私をゆっくり抱きしめた。
「……まだ、怒ってるのかと思った」
「私がこだわったから……ずいぶん心配させたみたいね」
「一年分の心配をした。帰ったらなんて言おうか、そればかり考えていた」
「気まずいまま別れたから、気になってたの」
「事故にもあわず、無事に会えてよかったよ」
「宗……」
名前を呼び、自ら顎を上に向け甘えるように突き出した。
ほころんだ顔が心得たように降りてきて、唇で無言の対話がかわされる。
関係修復に、私たちは長い時間をかけた。
今夜は帰らなくてもいいのだと告げると、極上の笑みを見せてくれた。
うつぶせのまま腕に顎を乗せ、少し傾けた顔を私に見せながら、紗妃の協力と
報酬の話を感心したように聞いている。
「紗妃ちゃんの機転はたいしたものだな。次は財布じゃすまいだろうけどね」
「困ったらいつでも呼んでね、なんて言うのよ」
「次は、俺も資金協力するよ。それより、先に賄賂を渡しておこうかな」
「だめよ、そんなことしたら、ますます図々しくなるわ。
宗は紗妃に甘いんだから」
「いいじゃないか、未来の妹に嫌われたくないからね」
「もぉ……」
形だけ不機嫌なポーズをしてみせたが、彼の口からするりと出てきた
「未来の妹」 の言葉に心をつかまれた。
膨らんだ私の頬をつつきながら楽しそうにしている顔に、二人の未来を語るた
めらいはみられない。
頬をつついていた手が滑り降り、首筋を伝い、さらに下へと肌をたどる。
胸の曲線をなぞりながら 「お袋にはまいったよ」 と艶やかな指先とは裏腹
な声がした。