ボレロ - 第二楽章 -
朝を迎えてもシーツに沈んだままの私へ、ゆっくりしてといたわりの言葉をか
けると、宗は部屋の奥へと歩いていった。
心地よい疲労を抱えた体を起こすには、もう少し横たわる時間が欲しい。
宗の背中を目で追いながらもまぶたは重く、戻ってきた彼へ目を向けたが、
ぼんやりと霞んで見えた。
まどろみの中で差し出された手に、何かが見えたような気がしたが、夢なのか
現実なのかさえわからない。
「オークションで手に入れたものだけど」
それが真珠であるとわかるまで数秒の時間を要した。
「古いものらしいが、リフォームして使ってもいいだろうと思ってね。
君のところなら、アレンジもお手の物だろう」
年代物の真珠のブローチを私の手のひらにのせられた。
いろんな角度から眺めながら、淡く差し込んだ朝の光にかざしてみた。
傷ひとつない球体は見事な光沢を放っている。
「色も形も申し分ないわね。私がいただいてもいいの?」
「もちろんだよ。オークション前に出品作を見て、一目で気に入ったんだ」
「宗が宝石に興味があるとは思わなかったわ」
「真珠は君の名前と重なるだろう?
大事な日に出会った石だから、どうしても手に入れたかった」
「嬉しい、ありがとう。でも、大事な日って?」
それには曖昧に笑うだけで答えてくれなかったが、もうひとり欲しい人物が
いて、負けるものかと熱が入った、相手も日本人で、意地になって競って落札
したと、オークションのエピソードが披露される。
「アンティークのオークションに参加するなんて、珍しいわね」
「ペローニ社の会長が、東洋のアンティークにご執心だと聞いていたからね。
そっちに詳しい友人に紹介してもらって、オークション会場に入れてもらった。
会長にも会えたよ」
「ペローニ社の会長は、イタリア国内の流通に大きな影響力のある人よ。
コンタクトが取れないことで有名な方だわ」
「さすがによく知ってるね」
「ウチもつながりをもちたくて苦労しているところですもの。
私が誘拐されたとき、イタリアのブランドも絡んでたの。
この件でペローニ会長の力を借りたくて、知弘さんが向こうで日参したと
聞いたばかりだから……でも、どうして宗が?
新しい事業でもはじめるの?」
「知弘さんから聞いたよ 『SUDO』 にとってペローニ社とのつながりが
大きな意味を持つことも。
だから動いた。会長に会って、知弘さんの意向を伝えた」
急速に脳が目覚め、覚醒した頭があらゆる可能性をさぐりだす。
知弘さんの依頼で動いてくれたのかと聞くと、宗は静かに首を振り否定した。