ボレロ - 第二楽章 -
『14日の夜は空いてる?』
『予定が入っても、無理にでも空けるよ』
『ふふっ、ありがとう。どこがいい?』
『14日は榊ホテルで会議だ。夕方まで缶詰になりそうだから、
ホテルの俺の部屋でもいいかな。終ったらすぐ行けるだろう』
『わかりました』
『狩野に食事を頼んでおくよ』
『時間は気にせず、お仕事を優先してね。私はお部屋で……』
待っているからと言おうとして、言葉をさえぎられた。
『珠貴』
『はい?』
『どうして、あのときアイツといたんだ。
浜尾君を助けたとき、一緒だっただろう』
『アイツって? あぁ、櫻井さん』
『どうしてと聞かれても、用があったからお会いしたのよ。それだけです』
『どんな用だ。櫻井祐介とは、もうかかわりがないはずだが』
『ふぅん、気になるのね。それは会ったときお話しするわ。じゃぁ、14日ね』
『まて、珠貴!』
電話でこんな話をしたのは一昨日のこと。
彼はこの二日間 ”どうしてアイツと一緒にいたんだ……” と気にしている
はずだわ。
そう思っていたのに……
『榊ホテル東京』 の一室で終日会議のあと、部屋に飛び込んできて、「さぁ、このまえの返事を聞かせてもらおうか!」 と、宗に問い詰められるだろうと予想していた私は、部屋に現れた彼の静かな様子に肩透かしにあった気分だった。
部屋に帰ってきた彼は、上着を脱ぎ気だるそうにネクタイを緩めながら、手にしていた箱を無造作に置くと 「あぁ疲れた……」 そう言ってソファに寝転がった。
いつもなら、私の腰に腕を回し抱きかかえるようにして部屋へと入っていくのに、今夜は触れてもくれない。
少し寂しい気もしたが、それほどの疲れを伴う一日だったのかと思えば、彼の素っ気無い態度もわかるというもの。
テーブルの上に置かれた箱を見ながら 「これは世話チョコでしょう?」 と聞くと 「世話チョコって何だ?」 と彼らしい返事だった。
「浜尾君からもらった物だ。君が食べていいよ」
「ここのお店のチョコレート、宗の好みでしょう。
せっかくくださったのに、あなたも食べなきゃ」
きれいに包装された包みを開け、一個取り出して宗に渡すと、気乗りしない顔で受け取り口に入れた。
浜尾さんが宗のために、毎年この店のチョコレートを用意しているのは知っていた。
彼女からチョコレートをもらったからといって、いまさら私が気にすることもなく 「今年ももらえたのね」 と軽くかわす言葉を用意していたのに、思ったような反応がなく言葉に困った。