ボレロ - 第二楽章 -
役員にはそれぞれ個室が与えられている。
社長の部屋ほどではないが、私にも会議室も備えた一室があてがわれていた。
仮眠ができるソファとミニキッチンもあり、徹夜の仕事もこなしてもらうと
言われているようなものだと、副社長就任時に思ったものだった。
遅い昼食をとる平岡は、早く話を聞きたいのかせわしく箸を動かしていた。
「それで、僕は何をすればいいんですか?
パーティー会場で有力な情報でもありましたか」
「有力といえばそうだな。
あぁいったパーティー会場にいると、人の流れがよくわかるな。
『SUDO』 と縁続きになりたい、事業関係を結びたい、そんな連中ばかりだ。
意外な関係も見えてきた」
「先輩、春の庭を見ないで、人間観察をしてきたんですか」
「もちろん庭も見た。庭を見ながら造園業者の親方と親しくなってきた。
あと、厨房スタッフとも話ができた。
堅実な須藤家に仕える彼らだけあって、さすがにうかつな発言はなかったが、
世間話は嫌いではなかったよ。
彼らの情報や意見は侮れないね。
たかが世間話だが、それにかなり核心を突いていた。
なぁ、可南子さまと呼ばれる人物は、確か珠貴の叔母だと思ったが」
「ちょっと待ってください」
植木屋の親方が、可南子さまには気をつけろと教えてくれたと告げると、
それは聞き捨てなりませんねと平岡はニヤリと笑いながら、以前調べた
須藤家の調査書を引き出し会社組織図を指差した。
「可南子さんというと……専務夫人ですね。
夫の香取専務とともに、かなりのやり手だと言われています。
暫定的ですが、『SUDO』 の次期社長は、現社長の弟でもある常務が
継ぐことになっているようです。
それも珠貴さんが引継ぐまでですが、それまでは会社の実権が移りますからね」
「ふぅん、なるほどね。専務はいつまでたっても専務なのか。
それが珠貴の婿の後ろ盾になれば、力をふるうこともできると踏んだんだな。
そうか、あの女性がそうだったのか」
「おそらくそうでしょうね。で、その可南子さまには誰がついているんですか」
「櫻井だ。櫻井祐介のそばについて、甲斐甲斐しく世話を焼いてたよ」
「それはまた……パーティー会場で、彼らを見る先輩の苦虫を潰したような
顔が見えるようですね」
「ふん」
パーティー会場もそうだが、休憩所に現れた櫻井の姿を思い出し胸のあたりが
ムカついてきた。
平岡が、またも面白そうに私を見ていたが、コイツの前で気取ったところで
何もかも知れている仲だ。
俺は機嫌が悪いのだと、おおげさに不機嫌そうな顔をした。
「その様子だと、相当頭にきてますね。わかりました。
香取専務及び夫人の香取可南子さまと櫻井、
彼らの関係を明らかにすればいいんですね。
それと……他にもありますね。どこが 『SUDO』 に接近したがっているのか
教えてもらえませんか。そっちも調べてみます」
「専務と櫻井の関係は俺が調べる。平岡は他の招待客の方を頼む。
ウチと関係のある取引先も多い。
相手の動向を知っておきたい。仕事の合間にできるときでかまわないから頼む」
「そうはいきませんよ。
我々の事業にも大いに関係のあることですから最優先で調べます。
もちろん、他の業務に差し支えない程度にですが」
褒美、忘れないでくださいよと念押しをする平岡に、
「蒔絵さんと一緒に休暇を取れるようにしよう。二日間の出張扱い付だ。
どうだ、これなら文句はないだろう」
そう答えると、それは嬉しいですね、俄然やる気がでてきましたと、調子の
いいことを言っていた。