ボレロ - 第二楽章 -
母には娘の気分などおかまいなしで 「もうひと方いらっしゃるのよ」 と三
人目の紹介にはいった。
「あなた、白洲明人さんにお会いしたそうね。どうして黙ってたの。
白洲さんから、珠貴さんと親しくお話させていただきましたとお聞きして、
私、お返事に困ったのよ」
「白洲さん? いいえ、お名前も初めてよ」
「そんなはずないでしょう。
観月の会でお目にかかりましたと、そうおっしゃったわよ。
そのときのあなたの印象がとても良かったんですって。
あれからまもなく事件があったでしょう。
あなたが落ち着くまでと思って、お話を控えてくださっていたそうよ」
「観月の会でお会いした方……」
観月の会に一緒に行った紗妃に 「覚えてる?」 と聞いてみたが、私と同じ
ように首をかしげている。
「白州さん? そんな人いたかなぁ。近衛さんとはたくさんお話ししたけど」
「まぁ、紫子さんもいらしてたの?」
こんなところで わざわざ 「近衛さん」 と名前をだすなんて、どういうつ
もりなのか。
紗妃の無頓着さに腹を立てながら、母の勘違いにホッとした。
えぇ、そうよ、紫子さんなのと偽りを言うつもりでいたのに、またしても紗妃
に返事をされてしまった。
「うぅん、紫子さんじゃなくて、近衛さんのお兄さま」
「近衛君も来てたのか」
それまで黙って聞いていた父が、母と娘の会話に入ってきたことにも驚いたが、
父が 「近衛君」 と口にしたことで全身が緊張に包まれた。
「近衛さん、大叔母さまとご一緒だったの。
大叔母さまの亡くなったご主人が、青木のおじいちゃまの生徒さん
だったんだって」
「生徒? 大学のか」
青木の祖父が教えていた大学に通っていたのかと、父が興味ある目で問いかけ
てきたため、大学に聴講生として通っていらっしゃったそうですと、事実だけ
を伝えた。
「そうだったのか。意外なつながりがあったものだ」
「近衛さんもお詳しいのよ。本当は文学部に進みたかったんですって。
お父さまと同じね」
あぁ、そうだな、といつになく嬉しそうな顔で紗妃へ返事をしている。
父自身が国文学に大変興味があり、青木の祖父のもとへ通っていたくらいだ。
そこで母と知り合った経緯があるだけに、父にとって祖父に繋がる人に親しみ
を感じているのかもしれない。
「近衛さんのお話より白洲さんですよ。
あちらはちゃんと覚えていらっしゃるのに、おかしいわね。
お背が高くてすらっとした方よ。本当にお会いしなかったの?」
話を戻した母の言葉に 「うーん……」 とまた考え込んでいた紗妃が、急に
顔を輝かせて 「思い出した」 と手を叩いた。
「珠貴ちゃんと近衛さんとお話してるとき、
横から話しかけてきた人がいたじゃない。
あの人よ、シラナガスクジラ。ははっ、思い出した。あはは」
「あぁ、あの方。そういえばそうだったわね。
でも紗妃ちゃん、シロナガスクジラって、それはちょっと……
でも、ふふっ」
月夜に出会った白洲さんの姿を思い出し、紗妃も私も笑いがとまらない。
母はそんな私たちを見据え 「なんですか」 といらだっている。