ボレロ - 第二楽章 -
「お名前をそのように覚えるなんて、失礼ですよ」
「それだけじゃないのよ。だってあの方、すらっと胴が長いんだもの。
だからシロナガスクジラ」
「さきちゃん、いい加減になさい!」
いよいよ母の怒りは頂点に達し、紗妃は小言をもらうことになったが、ひるむ
どころか負けじと言い返している。
「だってあの人、すっごく強引なんだもの。わたしは嫌いよ。
近衛さんの方が何倍もいいわ。
すらっと手足が長くてステキでしょう」
「男の方は強引なくらいがいいんです。
それに、あなたが近衛さんを気に入ってどうするんです。
珠貴ちゃんのお話なのよ」
「だって、ステキな方はステキなんだもの。
近衛さんがお兄さまだったらいいのに」
「近衛さんはご長男ですから無理です。それくらいわかるでしょう」
無理です……と、母の容赦のない言葉に、胸をギュッとつかまれたような痛み
を覚えた。
ある程度予想していたとはいえ、こうまでハッキリと無理だと否定されると気
持ちが弱気になってしまう。
宗がどれほどの人物でも、母の基準の中には入ってこない。
宗でなくとも母の範疇にない男性は、最初から弾かれてしまうのだ。
母親の思い込みを覆すには、かなりの覚悟と時間が必要だと思い知らされた。
「明人さんはご次男ですから、心配ありませんよ。
我が家の事情もわかった上でお話をくださったはずですもの。
お家柄もね、それは」
「それはそれはすごいんでしょう? ご自分でおっしゃってたわ。
我が家は古い家系で、古文書なども残っていますって。
ぜひお父さまと遊びに来てくださいって、しつこく誘われたんだから」
「お誘いを受けたですって。
どうしてそんな大事なこと、すぐに言わないんです」
「家柄を自慢する男の人って、サイテイ、サイアク。ねぇ、珠貴ちゃん」
「えっ、えぇ……」
急に私に話をふった妹は、意味ありげにこちらを見た。
私の加勢をしているつもりらしい。
「白洲さんったら自慢ばっかり。
別荘は年代物の洋館で、その辺では知らないものはいないほど有名だとか、
屋敷には庭師が何人もいて、自慢の庭ですからぜひ来てくださいとか、
だからなんだっていうのよ。
お家なら近衛さんだって負けないはずよ。
でもね、近衛さんはそんなことおっしゃらないの」
「紗妃は近衛君がいいのか」
「えっ?」
いいのか……とは、父は紗妃に何を求めているのだろう。
まさかと思いながら父を見ると、真剣な顔が紗妃に向いていた。
母はそんな父の反応に困った顔をしていたが、さすがに黙ってはおらず、父の
本心を確かめてきた。