ボレロ - 第二楽章 -


「あなた、まさか、紗妃を近衛さんにと考えていらっしゃるのでは……」


「彼なら申し分ないだろう」


「近衛さんと紗妃では、年齢的な釣り合いが難しいかと思いますけれど」


「15・6歳くらいの違いじゃないのか? 本人がよければ問題はない。

紗妃にはしっかりした男の方がいい」 


「ですが、あの……この子のお話は、まだ先でも」


「婚約だけでもいいじゃないか」


「紗妃はまだ高校生ですよ」
 

「うっ、うん。それもそうだな。彼ならと思ったが……だがな……」



両親の会話は思いがけない方向へと進み、私の話どころではなくなっていた。

紗妃が母に隠れるように、部屋を出るように私に合図を送ってきた。

合図に小さく頷き、母の話の矛先が変わらぬうちに妹とともに部屋を抜け出

した。






「わたしが近衛さんと? 信じられない。どうしてこうなっちゃうの」


「それは私が聞きたいわ」


「珠貴ちゃん、早く言っちゃえばいいのに」


「何を言うのよ……」


「いまさらとぼけるつもり? わたしがお父さまに言ってあげようか」


「それだけはやめて!」


「じゃぁ、なんとかしてよね。高校生で婚約なんて、マジ、ヤバイんだけど」


「そんな言葉やめなさい」
 

「だって……でも、近衛さんならいいかなぁ。彼、将来性バツグンだもん」



腕をつかんで睨みつけると 「ウソだって、ウソ、ウソ、許して」 と懇願の

目で私を見つめたが、それもどこか冗談めいていて真剣さはない。 

どこまでも人を食ったような紗妃の言葉に、一気に疲労感を覚えた。





翌朝、昨夜のお話だけど……と前置きした母から、白洲さんとお会いするのは

決まっていますからねと、有無を言わせぬ言葉があった。



「来週の土曜日の夕方ですよ。

他の予定があっても、そちらはキャンセルしてちょうだい」


「そんな、私だって予定があるのよ」



だからキャンセルしてねとお願いしたでしょうと、お願いではなく母の命令が

下る。



「わっ、やっぱりシロナガスクジラと会うんだ」


「紗妃ちゃん!」


「わたしと近衛さんのお話はどうなったの?」


「珠貴ちゃんが先です。もぉ、あなたって子は……」



まるで懲りない娘をいさめるつもりだったのか、新聞を読んでいた父が咳払いを

したが、そのとき父の口元は、満足そうにうなずきながら微かに笑っていた。 


父は本当に宗と紗妃のことを考えているのだろうか。

あの笑みは何を思っているのか……

つかみきれない父親の心を探ろうとするが、私にわかるはずもなかった。


来週の土曜日、私は宗と過ごす約束をしていた。

約束を変更したいと彼に伝えなければ……


『突然の出来事に予定を阻まれます』


当たるはずなどないと思っていた占いが、現実になろうとしていた。




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