ボレロ - 第二楽章 -


珠貴には電話で、今日の首尾を話して聞かせるつもりでいたのだが、

彼女の声を聞いた途端 「これから出てこられないか」 と聞いていた。



『どこに行けばいいの?』


『いいのか?』


『いまさらいいの? なんて聞かないで。誘っておいて』


『ふっ、そうだな。じゃぁ、俺のマンションに』


『わかりました。一時間ほどしたら伺います』



言葉通り一時間後に現れた珠貴は、玄関ドアを後ろ手で閉めると私に向かって

飛びついてきた。

抱きつかれた腕に触発され、唇をむさぼるように合わせる。

出会いの挨拶もなく、ねぎらいの言葉を発する間もないほど、しっかりと

抱きあい唇を合わせ続けた。

このとき、おそらく二人の脳裏には同じ映像が浮かんでいたのだろう。



ガーデンパーティーの会場に珠貴の姿が見えず探しに来たのか、休憩所の中で

息を潜めている私たちの耳に聞こえてきたのは、櫻井祐介の声だった。

まるで私たちが小屋の中にいるとわかっているように、その場から立ち去る

ことなく、「珠貴さん、どこですか」 と呼び続ける声に、珠貴は私の腕を

放し小屋の外へと出て行ったのだった。



「こんなところにいたんですか。

北園さんの息子さんが、珠貴さんなら裏庭だろうと教えてくれたので」


「さっきまで父もいたんですよ。中の片づけをしていたもので」


「そうですか……今日の主役は珠貴さんです。みなさんお待ちですよ」


「えっ、えぇ、すぐに行きます。櫻井さん、お先に……」


「その前に教えていただけませんか。彼がなぜこの場所にいるんですか。 

パーティーの招待者じゃなかったはずだ」


「彼って」


「近衛宗一郎ですよ。まさかあなたが招待したってことは……」


「どうして私がそんなことをするんです」


「さぁ、どうしてでしょうね。何となくそう思っただけです」



緊迫した状態である事は、小屋の中にいる私にも空気が伝わってきた。

なぜ私がパーティー会場にいるのか、櫻井が珠貴の差し金だと考えたという

ことは、私と珠貴の関係を彼は知っていると見ていいのではないか。

壁に身を寄せ息を殺し、反対側のガラス戸に映った彼らの姿を凝視しながら、

私は二人の会話に耳をすませた。  




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