ボレロ - 第二楽章 -
宗には人を惹きつけるものが備わっている。
一時は敵対していた櫻井さんでさえ、私の誘拐事件を通して宗との関係を見
直し、良いものにしていった。
カメラマンの漆原さんもそうだ。
興味本位で追いかけていた近衛宗一郎に、本当の意味で興味がわきましたと、
この前私に話してくれた。
漆原さんは、今では宗のために動いてくれている。
宗はあの気難しい父の気持ちをも動かしたのだ。
私のパートナーに……と望んでくれる日が、遠からずくるのではないか。
母の凝り固まった考えも、宗が溶かしてくれるのではと思えるようになって
いた。
マンションに着く頃、私たちは言いたいことのすべてを話し終えていた。
部屋で話すことがなくなったけどと笑いながら、宗は私を部屋に誘った。
コーヒーでも淹れましょうかと聞くと、返事の代わりに手招きされ、迷わず胸
に飛び込んだ。
満ち足りた夜をすごし、朝方彼に送られて家に帰ったのだった。
三日後、私は母の言葉に驚くことになった。
「須藤社長のお嬢さまとお会いしたい」 と申し出のあった二人の方のお話は
断ったと、母から聞かされたのだ。
お父さまの姿勢を評価してくださったのよと、母の機嫌もすこぶる良かった
のに、いったい何が起こったのか。
断った理由を聞いたところ 「感心しないお噂をお聞きしたの……」 と歯切
れの悪い返事だった。
「沢渡先生にお会いしたら、偶然お二人をご存知だったの。
申し上げにくいことですがとおっしゃりながら、
彼らには感心しない素行があります。
珠貴さんのお話を進めるのはいかがなものでしょうって。
お聞きして驚いたわ」
母は声をひそめ、沢渡先生にお聞きしたことですけどねと、彼らの女性関係に
ついて語りながら、苦々しい顔を見せた。
宗が言った 「心配はいらない」 とはこのことだったのだ。
母に信じ込ませるために、誘拐事件でお世話になった沢渡先生を担ぎ出すと
は、宗の大胆さには驚かされる。
「あなたのことを心配して、沢渡先生がそっと教えてくださったのよ」
母の言葉を、こみ上げる笑いを我慢しつつ、私は神妙なふりで聞いていた。