ボレロ - 第二楽章 -
「彼は、この場に一番ふさわしくない人物ですからね。
彼自身が後継者であることは、あなただってよくご存知のはずだ」
「えぇ、良く知ってますわ。
彼は近衛家の総領ですもの、私と同じ立場の方です。
知っているからこそ、私が近衛さんをお招きするはずがないではありませんか。
どうして今日おいでになられたのか、不思議に思っていたところですから」
「そうですか。僕の思い過ごしだったようですね」
「いいえ、わかっていただければ、それで……」
「では、あらためて言わせてください。
珠貴さん、僕との将来を考えていただけませんか」
「いまさらそのようなことをおっしゃらなくても、
アナタには可南子叔母さまがついていらっしゃるんですもの。
父もそのつもりでしょうから、私の意向など確かめなくても、
櫻井さんの思うとおりに進んでいくはずです」
「僕は、あなたの気持ちが大事だと思っています」
一歩踏み出した櫻井は、珠貴の手を取り顔を見つめていた。
ふたたび 「あなたの気持ちが大事ですから」 と言ったあと……
珠貴の頬に触れたのか、否か……
私の立ち位置からは、ハッキリとは見えなかった。
顔を戻した櫻井が小屋へと視線を向けたことから、中に私がいると知っていた
のではないか。
挑発的な彼の態度に憤りを感じながら、動くことのできない身が恨めしかった。
櫻井の敵意をむき出しにした目が思い出される。
会いたいとの電話に珠貴がここに駆けつけ、私の顔を見るなり胸に飛び込んで
くれたのは嬉しかったが、
昼間の情景が脳裏をかすめ、彼女の体をきつく抱き唇を放すことができな
かった。
背中から腰へと手をすべらせ、スカートの裾をたぐり手を忍ばせる。
ハードサポートのストッキングが、珠貴の足を見事にガードしていた。
「ここでは……いや……」
「どこならいい?」
「部屋に……」
「どこの部屋だ。言ってくれないとわからない」
わざと珠貴を困らせるように、ストッキング越しの刺激を緩めることなく薄く
色付いた耳元にささやいた。
熱い息を吐きながら、珠貴の声が聞こえてきた。
「意地悪ね。宗……おねがい……」
勢い良く抱き上げると、珠貴は私の首に腕を絡ませてきた。
抱えて歩きながらも唇が重ねられる。
彼女の足からはずれたハイヒールが床に落ちていく。
寝室へ続く廊下に、カツンと小さな音が響いた。