ボレロ - 第二楽章 -
「そこで、僕がその役を引き受けた。僕は須藤夫人の覚えもめでたいですから、
珠貴さんのお母さんに、彼らには、これこれこういう事情がありますよと
ささやいた」
「元主治医立場を利用して、珠貴さんのご両親を信じ込ませたのね」
美那子さんの返答は容赦なかったが、まさにその通りともいえた。
ことに母は、沢渡さんに絶対の信頼を寄せている。
私が事件後、沢渡クリニックに入院したおり、体調面はもちろん、精神的なケ
アがとてもよかったと、今でも話題にするほどだ。
狩野さんが、白洲家から見合いの席としてホテルに予約があったと情報を持ち
込み、
「それから入念な計画を立てていったんだ。
珠貴の事件のときの緊張感が戻ったようで、武者震いしたね」
知弘さんも上気した顔でそのときの様子を語り、霧島さんが穏やかに話を引き
ついだ。
「僕の役は、当初は潤一郎君が担当するはずだったんですよ」
「えっ、潤一郎さんも加わっていたんですか?」
「海外出張で潤一郎君だけ欠席でしたから、彼にも一応話を通したら、
ぜひ参加したいと言ってきて。
だけど、また急な出張が入って、それで僕に代打がまわってきたわけですが、
緊張しましたよ。
どだい僕に演技は無理ですから、何も言わずに通したんですが」
「何もおっしゃらないのに、さも何かありそうなご様子で、
それで両親は不安を煽られたんですよ。霧島さん、名演技でした」
私が褒めると霧島さんは照れくさそうに笑い、美野里さんと顔を見合わせホッ
とした顔をなさった。
不安に駆られながら帰宅した両親を待っていたのは知弘さんで、集めてきた
白洲家の情報には、表に見えない内情が克明に綴られていたことから、ほどな
く両親は相手方に断りを入れたのだった。
「知弘さんを囲む会なのに、いつの間にか
『シロナガスクジラ撃退作戦』 の会になっていた。
俺が動けないと知って、みんなが協力を申し出てくれたんだ。
あらためて礼を言うよ」
神妙な面持ちで頭を下げる宗へ 「コイツに頭を下げられるなんて、雨が降る
んじゃないか」 などと狩野さんが茶化していたが、男性陣から温かいまなざ
しが向けられていた。