ボレロ - 第二楽章 -
「櫻井さんに助けていただき、その場でもちろんお礼は伝えましたが、
あらためてお会いして、お礼の気持ちを伝えたいと思いました。
私が避けてきた個人的なお付き合いになるかもしれないのに、
どうしてそう思ったんでしょう。
きっと、珠貴さんの影響でしょうね。石橋を叩いてばかりいたのに、
気がついたら橋を叩く前に飛んでました」
「私もね、真琴さんから櫻井さんのことでご相談があったとき、
あの浜尾さんがって、ちょっと驚いたんですよ」
「感情にしたがってみるのも悪くないかもしれないと、
そう思えるようになってきて。
ですから、櫻井さんとお会いしたことは、私にとって大きな一歩です」
真琴さんの顔は輝いていた。
その真琴さんは、仕事を理由に明け方帰っていった。
僕も帰るので……と、櫻井さんが付き添うように一緒だったことに、みなさん、
気がつかない振りで見送ったのに、宗ひとりだけが 「なぜ彼が?」 と不思
議そうだった。
彼女も手探りの最中だった。
恋になるのか、親しいままで立ち止まるのか、本人にもわからないことを、
とかく恋心に疎い宗に話して聞かせてもわかるはずもない。
もう少し進展があったら話してあげよう。
それまで、もう少し秘密のままで……
翌週の木曜日、私は宗と一緒だった。
出張の翌日が休暇になったから、出張先へこないかと誘いがあったのだ。
その日が休暇になっていた私は、すぐに彼の誘いを受けることができた。
休みが重なるなんて偶然だねと彼は言ったが、私は真琴さんが彼の休暇を整え
たのではないかと思っている。
私の休みを調べた上で、宗の出張予定に重ねて休暇をいれる。
彼の秘書であるからこそできることだった。
「真琴さんから、お誕生日のお祝いとホワイトデーのお礼をいただいたのよ」
「ホワイトデーのお礼って、浜尾君はやっぱり忘れてたってことか。
珠貴がかけた電話で彼女は気がついて思い出した。その礼だろう?」
「それだけじゃないの、ほかにもいろいろね」
「いろいろって、なに」
「いいじゃない。こうして会えたんですもの。真琴さんに感謝しなくちゃ」
これには 「うん?」 と宗が怪訝そうな顔をしたが、気付かぬふりをした。
そういえば……と彼が持ち出した話題に、今度は私が顔をしかめた。
「白洲に、オペラのチケットをもらったと言ってたな」
「急になぁに? あれは白洲さんがいけなくなったから、譲っていただいたの」
「最初から用意してたんじゃないのか?」
「そうね、そうかもしれないわ。チケットの代金をお渡ししようとしたら、
誕生日のプレゼントですって受け取ってくださらなかったの」
「やっぱりそうか。アイツと同じことを考えついた自分に腹が立つね」
「えっ? 宗のプレゼントもオペラのチケットなの?」
「そうだよ……」
私の顔は喜びに変わった。