ボレロ - 第二楽章 -
「そうはいっても奇麗ごとでしかない。
どちらの女も泣かせてきたのは事実です。
息子たちが私を許せないのはそこでしょう」
「でも、孝一郎さんは賛成してくださったではありませんか」
「あぁ、そうだな……」
孝一郎さんとは珠貴の父親である。
父親の再婚に反対する兄弟たちを説得して、この地に住むように勧めてくれた
のが長男の孝一郎氏で、再婚後疎遠になった親子の中でも、長男一家とは行き
来があると嬉しそうだった。
「都会を離れてのんびり暮らすつもりが、どうしたことか、
友人知人がこぞって押しかけてくる。
友人たちは、気軽に立ち寄れる場所ができたと喜んでいるようです。
私もそうだが、みなもとが討論好きだ。
政治談議や経営について意見を戦わせたり、引退後のほうが
忙しいくらいです。
珠貴もよく顔を見せてくれる。あれはみなさんの話を聞きながら、
いろんなものをつかんでいるようです」
「女だからと、みんな油断して話すのか、ついうっかり
内情をしゃべってしまう。
それをあの子は、ちゃんと自分のものにしているよ。
兄さんの跡を継ぐ心構えもできている」
「あっ、だから……」
思わず声をだしていた。
珠貴がサロン情報だと言って教えてくれるさまざまな情報は、ここで得たもの
が多いのだろう。
「ふっ、宗一郎君も珠貴から何か聞いたんだね」
「えぇ、ずいぶん助けてもらいました。
私たちもつかめない情報を、どうして彼女が知っているのか不思議でした」
「女は社交場で情報を得るんですよ。
必要なことだけを取り込んで自分のものにしていくんです」
それまで黙って聞いていた会長夫人が口にした台詞は、珠貴から聞いたことが
ある。
そうか、この人が彼女に教えたのかと納得するものがあった。
それにしても……と思う。
じっと話を聞く様子、冷静な語り口調、背筋が伸びた佇まい、など、会長夫人
の面立ちや姿が誰かに似ていると思われてしかたならないのだが、どうしても
思い出すことができずにいた。
よく知る人の面差しに似ているのに、それは誰なのか、気になりながら話の続
きに加わっていた。
「楽しいでしょうね。たくさんの方が集まれば、それだけ情報も集まる。
もしも、それを事業に生かせたら……」
「そういうこと……これが父の役割です」
知弘さんの声に、またしても私は 「あっ」 と声をあげた。