ボレロ - 第二楽章 -
現役の頃の須藤会長の交友の広さは、かなりのもだったと聞いている。
引退後もその交友が続いているのだろう、それも頻繁に……
二人で住むには大きすぎる屋敷と、パーティーのためとも言える庭の広さ、
広大な駐車場スペースがそれらを物語っている。
知弘さんが収集した情報と、会長の人脈で集めた情報、それらが須藤社長のも
とに集まっていたとしたら、これはすごいことではないのか。
正式な会合ではない場所で繰り広げられる会話に、重要な事柄が混じっている
ことが少なくない。
表向きの顔と裏の顔を使い分ける人々や、公にできない諸々の事情と言うのは
どこにだって存在するものだ。
それを得られる場所を持っている須藤一族だからこそ、事業を安定的に行って
こられたのだろう。
「君のことだからもうわかっているでしょう。
私や父が集めたすべては、いまは兄のもとへ届けられているが、
いづれは、珠貴がそれを受け取る地位に就く」
「そんな大事なことを、私に話していいんですか」
珠貴に 「君が会社の経営をやればいい。俺が全力で支える」 と伝えた。
それは知弘さんも知っている。
だからこそ、このような話を私にしてくれるのだというのはわかるのだが、
ここで知弘さん寄りの返事をすれば、会長夫妻に珠貴との間柄を話さなければ
ならなくなる。
会社の中枢の人間しか知りえない情報を私に告げてくる知弘さんに、どう返事
をしてよいのか迷った。
「知弘、彼が困っているじゃないか」
「そうですね。お父さんから宗一郎君に話してください」
うなずき箸を置いた須藤会長が、私をじっと見つめる。
厳しい目ではなく柔らかなまなざしだった。
「珠貴が選んだ男に会ってみたいと言いだしたのは、実は家内でね」
「お話をお聞きして、どうしてもお目にかかりたくて……
姉から聞いておりましたから」
珠貴が選んだ男との会長の言葉に一瞬身を固くしたが、会長夫人の発言に首をか
しげた。
「母の顔が、誰かに似ていると思わないか?」
知弘さんにそう言われ、失礼だと思いながら会長夫人の顔をじっと見つめた。
「筧の……と言ったらわかるかな」
「筧というと割烹の……大女将ですか!」
「よくわかったね。家内は大女将の妹だ」
目の前で微笑む人と、ゆるやかに和服を着こなす割烹の大女将の顔がにわか
に重なった。