ボレロ - 第二楽章 -


あれはいつだったか……

そうだ、狩野に 『割烹 筧』 に呼び出され、差し向かいで珠貴について聞

かれたことがあった。

まだ、彼女への気持ちをはっきりとつかみきれていない頃だったと記憶して

いる。

 
”須藤会長は一本気な方ですが、筋の通った話には耳を傾ける方だとお見受け

しております。 

近衛様、真っ直ぐに向かっていかれることが早道かと……”



筧の大女将に言われた言葉が頭の奥から引き出された。

悪いことではないにしろ、客の立ち入った事情を話すことなど滅多にないのに、

なぜあのとき、大女将が私に助言をしてくれたのか不思議に思っていた。

大女将の妹が須藤の家に縁のある人だからこそ、あのような言葉が出てきたの

かと、いまなら考えられる。 


「そういうことか……」 ふいに声がもれていた。

須藤会長が夫人と顔を見合わせ、二人だけに通じる笑みを見せ合っている。



「おふたりは以前からご存知だったと、

そのように受け取ってもいいのでしょうか」


「君と珠貴が……ということかね」


「はい」


「そうとも言いきれないのだが……」


「あなた、それではおわかりにならないでしょう」


「うん、だが、なんといえばいいのか」

 

それまでの会長のきっぱりとした物言いが、このときばかりは曖昧で、会長の

言葉を夫人がひきとった。



「姉も私も、お客様のことを他の方へ申し上げるのは、

あってはならないことと心得ております。

姉が私に伝えたのは、宗一郎さんと珠貴さんがご一緒に 

『筧』 にお見えになったと、それだけでございますの」


「そうでしたか」


「なんでしょうね。勘と申しますか、姉の話を聞きまして、

近衛さんは珠貴さんが気持ちを許している方ではないのかと、

そう思いましたのよ。それで、主人に話をいたしました」


「女の勘というのは鋭い。侮れないものです。

特に家内の第六感には、私も一目置いているのでね」


「それで、お調べになられたわけですか」



そうだとも、そうでないとも会長の口は言わなかったが、言葉を隠すような笑

いが、「そうだ」 と肯定してるのも同じだった。

私が珠貴と会うのにとりたてて人目を避けているとはいえず、誰かがその気に

なって調べれば、一緒に行動している時間が多いことなど、すぐにわかるとい

うものだ。

会長夫妻がどこまで私たちのことをご存知なのか、そこも気になるところだっ

たが、それ以上の質問は避けた。

かわりに、不意にわいて出た疑問を聞いてみた。



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