ボレロ - 第二楽章 -


「では、須藤社長もご存知では……」


「それはないだろうね」


「うん、ないだろう」



知弘さんと会長がそろって否定して、会長夫人も 「そうですね」 と同意し

ている。

なぜそう言いきれるのかと訊ねると、なるほどと思われる言葉が返ってきた。



「孝一郎は、私と違って真面目一徹でね。 

あれは、自分で見たもの聞いたものでなければ、信用しないのですよ」

  
「僕も同感です。兄さんに恋愛うんぬんの憶測を求めるのは無理だろうな。 

宗一郎君と珠貴を結びつけるなど、思いもしないよ」 



だからこの件に関しては、君の努力が不可欠だと知弘さんが付け加えた。

須藤社長へは、自分の力で向き合えということだった。



「私も家内も孝一郎に何も言うつもりはない。

それを君に伝えておこうと思ってね。

事業を含め家のことにも、一切口を出さない約束になっているので、

見て見ぬ振りを決めさせてもらうよ」


「ありがとうございます」



深く頭を下げ顔を上げた私へ、会長は 「うん」 とだけ返事をくださったの

だった。

もし、珠貴と私の将来に会長が反対であれば、何らかの意思表示があってしか

るべきだが、そういうこともなく、見て見ぬ振りをしてくださるということは、

応援していると暗に告げられたようなものだ。

これほど強力なバックアップをもらえるなど、ここに来るまで思いもしないこ

とだった。





食事のあと夫人と一緒に庭を歩いた。

庭を案内すると言って連れ出したのは、私にだけ話があってのことだろう。

屋敷を離れ、部屋に残った会長や知弘さんの姿が見えなくなると、夫人の口が

軽やかに動き出した。



「見て見ぬ振りをと決めましたけれど、

宗一郎さんがお困りのことがありましたら、

どうぞおっしゃってくださいましね」


「よろしいのでしょうか」


「えぇ、人には建前と本音がありますでしょう。

主人だって大事な珠貴さんのことですもの。 

見て見ぬ振りなど、本当はじれったいはずですよ」


「ありがとうございます……あの言葉は本当だったんですね」


「何か?」



筧の大女将が、須藤会長へ真っ直ぐ向き合えと助言してくれたというと、夫人

は大層驚いた顔をした。



「姉がそんなことを……宗一郎さんの力になりたいと思ったのでしょうね」


「そうですね……珠貴は本当に知らないんですか。

その、大女将と姉妹であると」


「えぇ、私は筧の遠縁ということになっていますが、

近いうちに、珠貴さんにも主人が話すでしょう」



それより……と、夫人は話の向きを変えてきた。

私が話したことは主人にもおっしゃらないでくださいねと、念をおしてくると

ころをみると、これから話すことが私を連れ出した本当の目的のようだ。 



「須藤家の方々は、珠貴さんに厳しい目を向けていらっしゃいます。

お気をつけになったほうがよろしいかと」


「厳しい目とは、どのような? 私の理解が足りず、すみません」


「いいえ、ここまでお連れしておいて、隠し事もありませんわね」



ほほっ、と笑う仕草が大女将のそれによく似ている。


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