ボレロ - 第二楽章 -
帰り道 知弘さんの口も滑らかになっていた。
もろもろの事情を明かしたことで、隠す必要もないと思ったのかもしれない。
「私はこれまでも、これからさきも、影で兄を支えていくつもりだった。
それが、昨年の事件で事情がかわってしまった。
まさか、表舞台に出ることになるとは思わなかったよ。
いずれ、私が兄の跡を継ぐことになる」
「次期社長を引き受けるんですか。そんなことまで私に話していいんですか」
「ふっ……珠貴一人が背負うには大きすぎるが、宗一郎君がいるから安心だよ」
「知弘さん」
「珠貴のビジネスパートナーになるのは君だろう? だから君に話した」
珠貴とともに将来を歩くということは、彼女の背景も背負うことでもある。
それは覚悟していたはずなのに、こうして具体的に示されて、初めて見えてき
たもののなんと多いことか。
深いため息をもらすと、私の様子に気がついたのか
「まだまだ先じゃないか。時間をかけて準備をすればいい。
いつでも相談にのるよ」 と励まされた。
知弘さんが日本にいてくれるのは、珠貴にとっても心強いだろう。
「君の家は公的な情報関係に強い。グループ会社も多く経済界でも力がある。
一方、ウチの方はそういった方面はあまり強いとはいえない。
情報を入手しようにも力に限りがある。
珠貴が行方不明になっても、何の手がかりもつかめなかったのだから」
「でも、こちらには見えないことを多く知ってるではありませんか。
会長のサロンは、ある意味脅威ですよ」
「では、互いの立場で収集したものを合算したらどうなると思う」
「考えただけでも恐ろしいですね」
「恐ろしいなどと君らしくもない。より強大な力を自分のものにすればいい。
それが手に入るんだ。
男として、この上ないやりがいのある仕事だと思わないか」
珠貴との出会いが、とんでもないものを生もうとしている。
知弘さんのいうことはもっともで、大変惹かれるものがあった。
それと同時に、ある疑問も浮かんでいた。
「知弘さんは、その力を自分で試してみたいとは思わないんですか。
せっかく手にした社長の座を、珠貴に渡すだけでいいんですか」
「私はそれでいいと思っている。兄から受け継いだものを、
そっくりそのまま珠貴に渡す。それが私の役目だよ」
「ですが……」
「人にはそれぞれ役目があり、立つべき位置が決まっていると思わないか?
私は自分がトップに立つ器でないことを重々承知しているよ。それに……」
話をとめしばらくの無言のあと、こぼれ出た言葉に知弘さんの思いが込められ
ていた。
「私には戻るところがある。戻らなければならないところがね」
「向こうに待ってる人でもいるんですか」
「ふっ、君にしては勘がいいじゃないか」
「褒められた気がしませんね。でも、そういうことですか」
「うん、そういうことだ」
このときかわした会話の大方はその通りだったが、すべてが語られたわけでは
なかった。
知弘さんの次期社長就任については、もっと重要な意味が込められていたの
だが、そのときはまだ、私に知らされてはいなかった。