ボレロ - 第二楽章 -

21. piu ピュウ (もっと) 



家具が持ち出されたあとの部屋は広く、主を失った寂しさを漂わせている。

帰国早々に新しい住まいを決めた知弘さんは、我が家にある荷物を少しずつ運

び出し、今日すべての引越しを終えた。



「学生の頃この家に下宿させてもらって、それからの付き合いだったなぁ。

たまにしか帰ってこなかったが、この部屋ともこれでさよならか。寂しいな」


「寂しかったら、このままここに住めばいいのに」


「たまに帰ってきて、のんびり過ごさせてもらって、

ここは僕にとって第二の実家だ。

風来坊がやっと独立するんだ、遅いくらいだと思わないか?」 


「そうだけど、知弘さんのお部屋がなくなっちゃうの寂しいわ」


「なんだ、寂しいのは珠貴の方か。

遠くに行くわけじゃない、これからも頻繁に寄らせてもらう。

また来たのかって言われるくらいにね」



新しい部屋は便利な場所にあるから、いつでも遊びにおいでと言われ 

「ホントに?」 と嬉しそうに返事をすると母に睨まれた。



「知弘さんをあてにしては困りますよ。

それでなくても最近は帰りが遅いんですから、少し慎んでもらわなくては 

お話にも差支えがありますもの」


「義姉さん、たまには息抜も必要ですよ。

それに珠貴のことは、僕がしっかり目を光らせておきますから」



えぇ、お願いしますねと、眉を寄せたまま返事をした母から見えない角度で、

知弘さんが私に意味ありげな笑みを送ってきた。

ありがとう、お願いします……というように、胸の前で小さく手を合わせると、

片目をつぶってみせた。

目を光らせるもなにも、知弘さんは私と宗の応援をしてくれているのだから、

最近なにかと口うるさくなってきた

母から私をかばってくれるはずだが、母にいずれ話をしなければならない日が

くるのかと思うだけで、私は憂鬱な気分になってきた。



「知弘さん、珠貴よりあなた、どうなさるおつもり? 

このままおひとりではいけませんよ。 

伊豆のお母さまも、ご心配なさっていらっしゃるでしょう」


「えぇ、そうですね」


「まあっ!」


「はぁ?」



知弘さんの返事に驚いたのは母だけではない。 

それまで、どれほど縁談を進めても、将来のことについて話そうとも、そのた

び笑って逃げていた人が 「えぇ そうですね」 と肯定的な返事をしたのだ

から、母でなくとも驚く心境の変化ではないか。



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