ボレロ - 第二楽章 -
「専務って、対外的な仕事が多いのよ」
「就任間もないからね。珠貴の心配もわからなくはないが、
知弘さんなら大丈夫だろう」
「思ったよりパーティーが多いね、一人で出掛けるのはわびしいよなんて
言ってたわ」
「……夫人を伴う場合も少なくないってことか」
うつぶせで露になった私の首筋に宗の唇があてられ、つうっと背中へとおりて
いく、ときおり感じる舌のざらつきに快感が走る。
くすぐったさに声をあげ身をよじった私を、宗が乱暴に抱き込んだ。
ホテルの乾いた空気のため、さらりとした肌が心地良い。
「知弘さんが独身とわかると、縁談を勧められるんですって」
「ははっ、それは災難だ。知弘さんもさぞ迷惑だろう。
断るのに苦労してるんじゃないかな」
「宗も?」
「うん?」
宗も同じようなことがあるのかと聞くと、ふっと小さく笑うだけで返事がない。
私の髪に鼻先を押し当て 「いい香りがするね」 などと、関係のないことを
言っている。
「ごまかさないで、あなたも言われるでしょう?
どんなふうにお返事してるの? 教えてくれてもいいじゃない」
「以前は、お気遣いありがとうございますと、当たり障りのない返事をしてた」
「そんなお返事では、たくさんのお嬢さんを紹介されたでしょう」
「まぁな……」
「じゃぁ、いまは?」
うん……と言ったあと、私の髪に顔をうずめたまま身動きしなくなった。
ねぇ……と返事を催促すると、またも 「うん……」 と曖昧な声がして、
ほどなく耳の横に口がすべりおりてきた。
「いまは……決めた相手がおりますので、と伝えるようにしている」
「えっ、そんなこと言って大丈夫?」
「うん、たいがい相手は驚くけどね」
照れ隠しなのか、私の腰を引き寄せ体ごと抱きしめてきた。
「……それは誰かと、聞かれたりしないの?」
「聞かれないね。相手が決まってるヤツには興味はないんだろう」
「ふふっ、そうなの」
彼の胸に顔を押し付け、そっと口づけた。
お返しのように宗の口が私の髪にふれる。
申し合わせたように互いの肌に唇をはわせ、最後に顔へとたどりつき、触れ
合った唇の先からそれぞれの思いを伝え合う。
近衛宗一郎が、婚約解消した事実を知る人は多い。
元婚約者の女性の方はすでに結婚している。
そんな彼に、新たな相手がいると聞き、問いかけを躊躇するより、良かったと
温かな心持になってくれているのかもしれない。
または、あまりに正直に返事をした宗へ 「お相手の方は?」 と聞くに聞け
ないのかもしれない。
いずれにしても、宗の心を乱すような言葉を投げかける人はいない。
過去にいわれのない噂で傷ついた彼に 、度と辛い思いはさせたくはなかった。
何度も触れる唇を離し、宗の顔を見つめる。
どうした……と不思議そうな顔が私を直視した。
「宗……好きよ」
「俺は好きだと言ってくれる、珠貴の顔が好きだけどね」
互いの真顔がとたんに弾け、大きな笑いにかわった。
宗の体をゆっくり抱きしめた。