ボレロ - 第二楽章 -
宗と私が知弘さんの新居に招かれたのは、七夕を三日後にひかえた夜だった。
「話がある。会わせたい人もいるから二人で来てほしい」 と、電話で伝えて
きた知弘さんの声は神妙だった。
会わせたい人とは、知弘さんがパートナーとして選んだ女性ではないだろうか。
期待を胸に宗と待ち合わせ出向いた。
立地の好条件と南面の部屋の多い間取りから人気が高く、建設当時から入居希
望者が殺到したと聞いている。
そのような高倍率のマンションを、よく購入できたものだと感心していたのだが
「実は、ウチのグループ会社なんだ……知弘さんから頼まれて」 と、宗から
打ち明けられ、「ふぅん、そういうことなの。私だけ知らなかったのね。
男同士の結束って素晴らしいわ」 などと嫌味を返しながら不意に気がついた。
去年の秋、マンションの購入を宗に依頼したのであれば、その時点で知弘さん
は本社へ戻ると決めていたということになる。
もちろん父もそれを承知していたはず。
私の知らぬところで、父も知弘さんも、そして宗も、それぞれの立場で動き出
していたのだ。
廊下やホールも充分なスペースが設けられ、エグゼクティブが住むマンション
として申し分のない造りだ。
玄関入り口はプライバシーが守られ、ほかの入居者から見えない設計になって
いた。
微かに玄関扉の奥から声が聞こえたのは、インターホンを押す間際のこと、
次第に近づいてくる声に、私たちは顔を見合わせた。
防音が施されているとはいえ、扉前の声までは防ぎきれないようだ。
「何を言ってもむだね」
「まだ何も決めてないじゃないか、どうしてそう先を急ぐんだ」
「何も決めてないですって? 決まってるじゃありませんか。
何もかも……そうよ、全部決まってるわ」
「そんなことはない。3年か4年、もしかしたらもう少し延びるかもしれない。
だけど、この仕事をやり終えたら必ず帰る。
君のところに帰るよ、絶対に約束は破らない」
「約束ほどあてにならないものはないわ。私が言ってるのは年月じゃないの」
「それは何かとさっきから聞いてる。それなのに君は」
「だから、もういいの。もうすぐ宗がくるわ。私、会わないほうがいいわね。
帰ります」
「待ってくれ、静夏!」
叫びのような呼びかけのあとドアが開き、静夏ちゃんが扉から勢いよく飛び出
してきた。
玄関ポーチ横にいた私と宗の姿を彼女の目がとらえ、一瞬立ち止まった。
「宗が悪いのよ……ぐずぐずしてるからこんなことになったんじゃない。
だから言ったのに……どうしてもっと早く……」
兄を睨みつける目は、怒りと哀しみを含んでいた。
あとを追いかけてきた知弘さんは、静夏ちゃんの姿に狼狽を隠し切れずにいる。
「俺が悪いって、おい、どういうことだ」
「もういいっ!」
宗がつかんだ手を力任せに振りほどき、静夏ちゃんが駆け出した。
呆然と立ち尽くす宗と知弘さんを置いて、私は急ぎ彼女のあとを追いかけた。