ボレロ - 第二楽章 -
エレベーターを降り奥まった一室へと案内されると、タイトなスーツに身を
包んだ女性に迎えられた。
自己管理が行き届き、姿勢良く着こなすことができる人だけが似合うであろう
グレーのジャケットは、彼女の完璧さを物語っている。
重役室の秘書にふさわしい人物だろうと思われた。
「須藤さま、お待ちしておりました。私、秘書の浜尾真琴と申します。
副社長はまもなく参りますので、どうぞこちらにてお待ちください」
「ありがとうございます」
お約束の時刻を過ぎておりますが、会議が長引いておりまして……と、
申し訳なさそうにその人は付け加えた。
通された部屋は、私が想像していたより遥かに広く、窓辺とデスク近くには
手入れの必要なグリーンがおかれていた。
一般的なオフィスには、リース側の手のかからない植物を置いている所が多い
のだが、この部屋のグリーンには花が咲いている。
花があるということは、花がらを摘んだりこまめな管理が必要になってくる。
それらも秘書の仕事であろう。
優秀な秘書は、朝の会話を交わしながらエグゼクティブの体調や精神状態まで
把握し、その日のスケジュールを組みなおすこともあるという。
形良くお辞儀をして立ち去った女性秘書の後姿は凛として、それだけで優秀な
秘書であることがうかがえた。
宗のそばにこのような女性がいるのか、あのように隙のない女性を見慣れて
いるのかと、少しばかり複雑な思いがした。
私が今日ここへ来ることになったのは 宗から相談を受けたためだった
「我が家に長く勤めている人がいると、話したことがあったね」
「えぇ、代々仕事を引継いでいらっしゃる方だったわね。
浜尾さんとおっしゃったかしら」
「その浜尾さんが今年還暦で、お袋が祝いの品を用意するんだと言っていたが、
俺も何か贈りたいと思ってね。
どんな物がいいだろう。珠貴のところで扱っているもので何かないかな。
相談にのってもらえないか」
「そうねぇ、普段アクセサリーなどなさらない方でしょうから、
ブローチあたりが無難でしょうね」
それでいい、何品か見せてもらえないか、できれば会社に持参して欲しいとの
依頼だった。
社員の一人に相談したいのでと言うのがその理由だったため、私が彼の
オフィスを訪ねることになった。
仕事中の宗に会うのは初めてではないが、単独で彼の会社の本社ビルに足を
踏み入れたのは初めてだった。
いつも私に同行している蒔絵さんは、宗の秘書を務める平岡さんと共に
出張中のため、今日は私一人で宗に会うことになっている。
共に出張というのは、宗の謀 (はかりごと) に大きく貢献した平岡さん
への褒美だそうで、私にも多分に関係のあることでもあり、蒔絵さんと
平岡さんが同じ日程で出張できるよう、私の方でも段取り、彼女を送り出した。
行き先はアジア圏で、休暇も兼ねた仕事でもあり、二人のことだから楽しみ
ながらもきちっと仕事をこなしてくるのだろう。