ボレロ - 第二楽章 -


ベッドにうつぶせになり背中を行き来する手にすべてを委ねていると、なんともいえぬ心地良さが全身に広がっていく。

眠りを誘うようなという人もいるけれど、私には誰かと肌を合わせたときの快感に近い、そんな感覚を覚えた。

一糸まとわぬ体を誰かに預けるなど、パートナーであっても恥ずかしいと思うこともあるのに、ここではそんなことはまったくない。

体中が開放感に浸っていられた。

吸い付くように肌を滑る女性の手は、男性より安心感をもたらすのではないかと思われた。 



「気持ちいい……ほかの言葉がみつからないわ」


「私も……珠貴さん、私になにも聞かないんですね」


「気持ちの整理がついたら、話してくださるのでしょう? だから、ゆっくり待つつもり」


「ふっ……お部屋に帰ったら聞いてもらえますか?」


「えぇ、一晩中でもお付き合いするわ」



顔を見合わせて二人にだけ通じる笑みをかわし、また肌を伝う手に体を委ねた。

魔法の手を持つ彼女たちは、体だけでなく心までもほぐし、私たちを甘美な世界へといざなってくれた。

驚くほど軽くなった体と艶やかさを取り戻した肌に、私も静夏ちゃんも満足だった。



佐保さんから紹介されてルームスタッフについてくださった野川さんは、スパから戻った私たちを見ると、わぁ……と感嘆の声をあげた。

「輝くようですね」 とのお世辞ではない声が、エステの効果が絶大であったと証明している。

カクテルのような飲み物は女性のお肌のために良いもので、当ホテルのオリジナルドリンクでございます、お味は保証いたしますと野川さんが言ったとおり、口当たりは爽やかでありながら、あとにコクが感じられる味わい深いものだった。



「お肌にも良く、そのうえ美味しくて、すべてを満たすものってあるんですね。

だけど、人はそう上手くはいかないみたい……

自分だって欠点だらけなのに、相手に完璧を求めるのは間違ってますよね」


「そうかしら、誰しも人には求めてしまうものだと思うけど」


「ふふっ、珠貴さんらしい。ほかの人は ”完全な人なんていないの、みんな欠点があるのよ” っていうのに」


「あら、それは建前でしょう。みんなわがままなものよ」



私も本当はそう思ってますと、静夏ちゃんが笑いながら本音を吐き出した。

グラスを持ち、カラカラと氷の音をさせながら、その話は唐突に始まった。



「肌が合うという言葉がありますね。私と知弘さんは、その言葉どおり。

初めて会ったときから、あの人の言葉もしぐさも、考え方も嗜好も、すべて、なんの隔たりもなく受け入れられた。

私もすべてをあの人に与えた。そして、あの人も私を受け入れた……自然に気持ちが寄り添っていくんです。

魂が呼び合うとは、こういうことかと思いました」



年齢差はまったく気にならなかったという。

静夏ちゃんの口からこぼれる 「あの人」 の響きには、知弘さんへの深い愛情が感じられた。

知弘さんのどこが好きとか嫌いとか、そんなレベルの話ではない。

感性の合う人に出会った、だから寄り添った。 

交際の有無など聞く必要もなく、感覚的に物事をとらえる彼女らしい言葉に私は引き込まれた。



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