ボレロ - 第二楽章 -


アロマキャンドルの炎がゆれ癒しの香りが漂う部屋は、隅々まで女性のために

設計されたもので、日常の張り詰めた心と体をほぐし、ゆったりと過ごすため

の空間が設けられていた。

それなのに、静夏ちゃんの心はこんなにもこわばったままで、抱え込んだ思い

を吐き出すほど、苦しみが増しているのではないかと思われた。 

私の事件がなければ、父を助けるため、また会社のために知弘さんが帰国を決

めることもなく、それまでと変わらぬ生活が続いていたに違いない。

誰の干渉もうけず、魂が呼び合う人と気持ちも時も重ねていけたのに、あの

事件からふたりの歯車が狂いはじめた。

束縛のない立場から、会社組織の中枢になる覚悟を決めた知弘さんは、本来の

自分の姿を封じ、型にはまった人間を演じる姿を彼女に見せたくなかったのか

もしれないが、結果的に静夏ちゃんを遠ざけることになった。

それを彼女は拒絶と受け取った。

愛しあいながら互いを傷つけるほど、哀しいことはないのに……



「あの人と、もうだめだと思いながらも、心のどこかで求めてるの。

見て、肌がキラキラひかってる。ほら、こんなにつやつやしてるわ。

あの人に触れて欲しいと思うのは、わがままなの? 

私、自分がわからなくなりそう……」 



涙を浮かべた目で肌をさする彼女が愛しくて、たまらず抱きしめた。

頭で否定しながら、心は相手を求めている。

こんな状態では、いつか心のバランスを失ってしまう。

深い傷を負った静夏ちゃんの心を癒す術が必ずあるはず。

もう猶予はない、早急に動かなければふたりの心が壊れてしまう。

私にできることは何か……

震える体を抱きながら懸命に考えた。



思いを吐き出したことで、一時は興奮状態にあった静夏ちゃんは、この部屋が

醸しだす癒し効果とアロマキャンドルの香りに誘われるように、ベッドに横に

なるとほどなく眠りに入った。

顔を近づけると規則的な寝息が聞こえてきた。

しばらく起きることはないだろうと判断し、私は携帯を持って部屋を出た。



『宗、今話せる?』


『うん……知弘さんが取り乱すのをはじめて見た』


『静夏ちゃんもそうよ。興奮してたけど落ち着いたわ。

さきほど眠ったばかり』


『そうか……君は知ってたんだな、ふたりのこと』


『もしかしたらそうかなと思ってはいたけれど、まさかこんなに……』


『深い付き合いだとは思わなかった……ということか。

俺はまだ信じられない。静夏と知弘さんが……考えたこともなかった。

だが、言われてみれば、なるほど、そうだったのかと納得した。

抵抗もなく受け入れた自分に少し驚いたよ』



宗の素直な感想だった。


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