ボレロ - 第二楽章 -


私には予感があったが、彼には予備知識さえないまま現実に遭遇したのだ

から、信じられないのも無理はないだろう。

けれど、宗がふたりのことを抵抗なく受け入れたのも、また事実だった。



『知弘さんと、どんなお話をしたの?』


『こちらの仕事にメドがつくまで待って欲しいと伝えたが、

静夏はどうしても聞き入れないらしい。

知弘さんとしては、静夏を一族の騒動に巻き込みたくないそうだ。 

うるさい親族が多いからねと言って、笑っていたが……』
 

『やっぱりそうだったのね。日本に戻れば形式を無視できないでしょう。 

結婚の形をととのえて、静夏ちゃんも家に入ってもらって、

妻の役割を果たしてもらわなければなんて、

おばさま方が口うるさく言いそうだもの』


『俺には、静夏が家におさまって奥さま業をしてる姿など、

想像もつかないね』


『私も、知弘さんがマイホームパパしてる姿は想像できないわ』



電話をはさんで、互いにふっと小さな笑いがでていた。

宗は、思ったより冷静に今回のことを受け止めている。



『俺は常に組織の中で動いているから、形式を無視することはできない。 

ひとつひとつ問題を解決しながら、物事を進めていくのが最善だと思っている。 

俺たちのことも手順を踏んでいくつもりだ。

堅苦しいやり方だが、周りに認めさせるには効果的だからね』



だけど……と、ひと呼吸おいた彼はこう続けた。



『知弘さんと静夏は、形式や習慣にとらわれたくないんだよ。

とらわれたくないというより、あの二人には無意味なことなんだろう。

親や親族や、それらに関わるしがらみを、まったくといっていいほど

気にしてないだろう?

結婚だって親の許しなんていらないと思ってるはずだ。

それ以前に、結婚そのものに意味を感じていない。 

それが二人の一致した部分でもあり、その部分で、

二人は結びついていると思うんだけどね』



私がうまく言葉にできなかったことを、宗は理路整然と述べていく。

物事の本質を見抜く目は抜群ですよと、宗の秘書である平岡さんが言ってい

たが、あらためて彼のすごさを感じた。



『そのとおりよ。でもちょっと意外だわ。

あなたは、もっと批判的な意見を述べるのかと思ってた』


『おい、それはないだろう。俺とディベートでもするつもりか?』


『やめておくわ。ディベートで、あなたに勝てるとは思えないもの』



理詰めで物事を考える人と論議を戦わせるなど、やる前から負けは決まって

いる。

それより、どうしたら二人が良い方向へ向かうことができるのか、そちらを考

えるほうが先だ。

「それより」 と言いかけた私の言葉を宗がさえぎった。



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