ボレロ - 第二楽章 -
『正直なところ、知弘さんと静夏が求める関係ってのは、
おそらく俺には理解できないだろう。
だが、俺たちが立ち止まっている時間が長くなればなるほど、
ふたりの間の溝が深まるってことは理解できる』
『そうなの。その通りだと思うわ。でも どうしたらいいの?
私が、両親にあなたのことを話すのが一番の早道でしょうけど……
でも、それでは母の反発がすごいと思うの。
今までどうして黙っていたのかと問い詰められて、知弘さんのことどころでは
なくなるでしょう。まとまるものもまとまらなくなるわ。
あなたが父にお話してくださって、母や祖父母にも話を通してくださると
いいけれど、時間がかかりすぎるわね。
それに、静夏ちゃんをこのままにしておけないわ。
知弘さんと、もう一度話をしてもらわなくてはね。
それには私たちも同席した方がいいでしょう?
あぁ、困ったわ。あれもこれも、やらなければならないことが多すぎて、
なにから始めたらいいのか』
『すべて一度に進めればいい』
『そんな、無茶よ』
『無茶じゃない。準備さえ万全ならできる。やるしかないじゃないか。
ピンチをチャンスに変えるんだ。
君がいつも言ってることだろう、いまがそのときだよ』
なんと大胆なことを言う人だろう。
こんなときに、こんな決断を下せるものなのか。
迷っている場合ではない、早急に進めなければ取り返しのないことにもなりか
ねないのだから。
『わかったわ、そうしましょう……』 そう返事をしたときだった、私の名を
呼ぶのが廊下の向こうから聞こえた。
「須藤様、急ぎおいでください。お連れ様が大変なことに」
「どうしたんですか! なにがあったの」
「須藤様を探しに廊下にお出になられたようです。
そこで不審者に遭遇して怪我を。ご案内します。こちらへ!」
野川さんが小走りで案内しながら、状況の説明をする。
目覚めた静夏ちゃんは、私がいないことに気がつき、私を探し廊下にでたとこ
ろで、部屋の前をうろついていた不審者と接触した。
もみあいになり、そのはずみで怪我をした。
怪我の程度はわからない、これから病院に搬送しますと、野川さんの声は苦痛
に満ちていた。
申し訳ありません、当方の責任ですと謝る彼女に、とにかく急ぎましょうと声
をかけた。
静夏ちゃんから目を離すのではなかった。
気持ちが不安定な彼女を一人にしてしまった私の責任だ。
さまざまな後悔が頭を駆け抜けていくさなか、握り締めた携帯から私を呼ぶ声
がした。
電話中であったと思い出し、あわてて耳に当てた。
『あなたも来て!』
『静夏が襲われたって? 今どこにいる、珠貴!』
『早くきて』
あわてる私へ、野川さんがホテルのパンフレットを差し出し、住所と電話番号
を指で示しここだと教えてくれた。
急ぎ宗にホテルの所在地を告げ、私はまた、野川さんに案内されて廊下を急
いだ 。