ボレロ - 第二楽章 -


明け方近く、ホテルの阿部社長と副支配人、それに野川さんが謝罪に訪れた。

体を半分ほどに曲げて謝る副支配人と野川さん、そして 

「当方の責任です。責任の所在を明らかにいたしまして、あらためて謝罪に

お伺いいたします」 と謝る社長へ、 



「今後、このようなことが起こらぬようにしていただければ、

それでよろしいのです。

どうぞ大事になさらず……娘も結婚前でございますので、ぜひ内密に」



宗のおかあさまの、微笑を浮かべながら、それでいて毅然とした発言でその場

がおさまってしまった。

さすがだわ……小さくもらしたひと言が聞こえたのか、宗がにやりと笑いか

けた。

その顔は 「これだから、この母にはかなわないんだ」 といっているよう

だった。


検査を終えた静夏ちゃんは、翌日退院した。





数日後、静夏ちゃんのお見舞いに行きたいけれど……と宗に相談したところ、

意外な返事がかえってきた。



「大叔母さまのお宅に? 静夏ちゃん、おうちにいらっしゃらないの?」


「自宅は人の出入りが多いからね。静夏も落ち着かないだろう、ってのが建前」


「タテマエ?」


「そう、お袋も考えたもんだ。確かに自宅には行きにくいよ」


「行きにくいって……知弘さん?」


「うん、叔母の家に毎日通ってるらしい」


「そうだったの」



初めの二日ほどは、一方的に知弘さんが語りかけるだけだったが、一昨日から

静夏ちゃんも相槌をうつようになり、二人の話し合いは着実に進んでいる、

以前よりしっかりとした関係が築かれているようだと、まるで見てきたような

宗の報告だった。



「詳しいのね。宗もその場にいたみたい」


「大叔母が逐一報告してくるんだ。あのふたりが心配でたまらないらしい。 

叔母が知弘さんをえらく気に入ってね。

あの男性なら間違いないと、それはもう手放しで褒めるんだ」


「そうでしょうね。知弘さんって、年配の方にとっても人気があるのよ。 

というより、女性に人気があるの。優しいくてソフトだから」


「悪かったな、俺はソフトじゃなくて……」



こんなところですねる宗を大人気ないと思いつつ、これもかまって欲しいサイ

ンかと思うと、それはそれで憎めない。

「あなたはそのままでいいのよ」 と言ってあげると 「ふん」 と可愛げな

い顔をして見せながら、口の端が少しばかり緩んでいる。

鋼鉄の笑みで相手を倒すと言われる近衛宗一郎と、同じ人物であるとは到底思

えない。

けれど、こんな姿も私だけが知っているのだと思うと嬉しくなってくるの

だった。



「明後日だけど、夜時間がとれないか? 静夏が会いたいそうだ」


「ぜひうかがうわ。大叔母様のお宅に伺えばいいのね。でも、私だけ?」


「うん、女同士の話だとさ」



またすねた顔をしたが今度はポーズだけで、すぐに表情を戻し、静夏の話を聞

いて欲しいと兄らしい頼みがあった。


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