ボレロ - 第二楽章 -
二日後、私は静夏ちゃんに会うため、近衛の大叔母さまのお宅へと伺った。
大きなお屋敷には、かつて多くの人が出入りしたのだろう、いたるところにそ
の名残があった。
十数年前になくなられた 「近衛の大叔父さま」 と呼ばれる方は、宗や静夏
ちゃんのおじいさまの弟にあたり、当時、社長である兄を助け、生涯会社のた
めに尽くされたとお聞きした。
大叔父さまに、どことなく知弘さんに重なる部分を感じた。
おひとりになられた大叔母さまは、趣味のお仲間やご友人たちのために屋敷を
開放し、「昔ほどではないけれど、それなりに賑やかなのよ」 と楽しそうな
毎日がお話からうかがえた。
預かった静夏ちゃんのもとに通ってくる男性がいるとわかると 「みなさん興
味を示しながら、そっと見守ってくださっているのよ」 と可愛らしい顔をな
さった。
「あの子はね、クールに見えて、本当はとっても一途なの。
母親の塔子さんは、静夏は誰に似たのかしらとおっしゃるけれど、
私は塔子さんのご気性に良く似ていると思っているのよ。
ねぇ、珠貴さんもそうお思いになりません?」
「えぇ。ですから、静夏ちゃんのことも、よくおわかりになるんだと
思いますわ」
「そうでしょう! ほらね、あなたも、もう少し素直におなりなさいな。
意地を張らずに、おかあさまに頼っていいのですよ」
人生の先輩である大叔母さまに言われ、さすがの静夏ちゃんも
「そうですね……」 と神妙な顔をしている。
どうぞごゆっくり……と、にこやかな笑みを残し、大叔母さまは部屋をあとに
した。
「ここは好きだけど、ときどきおばさまの説教があるのが難点ね」
「それだけ、静夏ちゃんを可愛いと思っていらっしゃるのでしょう」
「わかるだけに、ちょっと窮屈かな」
「まぁっ、でもその気持ちも、ちょっとわかるけど」
いなくなった人の噂話をする楽しさに、共犯者のしのび笑いをかわす。
怪我は? と聞くと、打ち身程度だったので、ほとんど痛みはありませんと言
いながら、打撲した腕を差し出して見せてくれたが、腕に残る青いあざが衝撃
の強さを語っている。
「ホテルの阿部社長がこちらにいらっしゃって、ご丁寧な謝罪をくださって……
ふふっ、お詫びの印ですって。スパのパスポートを頂いたんですよ。
それも永年パスポート」
思わず、わぁっ、と声をあげてしまった。
嫌な事件に遭遇したにもかかわらず、私も静夏ちゃんもあのホテルのスパで施
されたエステを気に入っていた。
その心地良さは、マイナス要因をプラスに変えるほどの効果があった。
あんなことがあったから、もう行けないわね……なんて話を数日前にしたばか
りだったのだ。
「また、ご一緒してくださいね」
「えぇ、喜んで」
「でもね、私はしばらく行けなくなっちゃうので、
パスポートは珠貴さんが使ってください」
「えっ、どうして?」
スムーズな話の流れを止められ、思わず強い口調で問いただしていた。