ボレロ - 第二楽章 -
「向こうに戻ろうと思って……そう決めたんです」
「では、知弘さんとは……ねぇ、待って、もう少し話し合って」
「あっ、ごめんなさい。そうじゃないの。
知弘さんと、きちんと話し合いました。あの人もわかってくれたので」
「じゃぁ、どうして……どうして離れるの?
そばにいたいって、そう言っていたのに」
大事なことを告げる前に誰もがそうするように、静夏ちゃんは大きく息を吸い、
ゆっくり吐き出した。
深い笑みを見せながら、もう決めたんですと、揺るぎない気持ちを語りはじ
めた。
「あの人のそばにいるために一度離れるんです。
その間にあらゆる準備をして、気持ちを整えて、
そして戻ってくるつもり」
「そばにいるために、一度離れるの? わからないわ、どうして」
「大叔母おばさまに言われたんです。
”知弘さんは変わる努力しているのに、あなたは変わろうとしないの?”
って……自分を変えるもつりがないのなら、別れてしまった方が
幸せでしょうねって……ショックでした。
どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのかって」
「静夏ちゃんも変わろうと思ったのね。
でも、それがどうして離れることにつながるの?」
「知弘さんは、会社のために自分を抑えて、
与えられた仕事をこなそうとしているでしょう?
自由に自分の思うようにふるまっていた人が、
会社組織に組み込まれるだけでも大きな変化なのに、
その中枢にいるんですもの。並大抵の努力ではないと思います。
それなら私も、あの人と同じように、いまの自分を封じ込めて、
やれることをやろうと思ったんです。
その準備をするために、しばらく離れるだけ。
大叔母さまがおっしゃるには ”演じればいいのよ” ですって」
「演じる……そうね。今の自分とは別の役をこなすんですもの。
それで静夏ちゃん、あなたはどんな役を演じるおつもり?」
恥ずかしそうに笑ってうつむいていたが、決心がついたのか、ゆっくりと顔を
上げ私を見据えた。
「私の役は専務夫人です。須藤知弘の妻を演じようと思って」
「えーっ……ちょっと待って、ええっ?」
想像もしない答えに仰天した。
よもや、それだけはないだろうと思っていた。
静夏ちゃんが、知弘さんと結婚するなんて……