ボレロ - 第二楽章 -
二人の楽しそうな顔を想像しながら、ソファ脇の赤く色付いた花の鉢植えを
眺めていると、失礼しますと声がして、蓋付きの茶碗が運ばれてきた
重役室で使われる茶器は、こんな高級な品が使われるのかと感心しながら、
彼女に礼を言い茶碗の蓋を取った。
カツン……と金属の触れる音に、あっ、と小さく声をあげていた。
指にはめ慣れない指輪が、茶碗の縁に触れてしまったためだった。
「失礼いたしました。お茶碗、大丈夫だったかしら」
「そのようなご心配は……まぁ、素晴らしいお色でございますね」
茶碗のことなど忘れたように、彼女の目は私の指輪へと注がれていた。
「なんでも珍しい発色の石だそうです。偶然の産物だとか」
「さようでございますか。とても良くお似合いでいらっしゃいます」
「ありがとうございます。私もとても気に入っていますの」
本当にお綺麗な色ですね……と、にこやかにもらした声は、心からそう思って
いる風だ。
彼女の機転は見事なものだった。
本来、訪問客の装飾品など話題するのはタブーであろう。
それをあえて持ち出し、茶碗に傷をつけたのではないかと気にする私の
気持ちを他へと移すなど、なかなかできるものではない。
このことで、浜尾秘書の印象はより鮮明なものとなった。
部屋の外から声が聞こえると、彼女は私に微笑を残しながら即座に扉へと歩き
出した。
開けられたドアの向こうに宗の顔が見えた。
彼の目が私を確認すると、親しみのある笑顔を見せてくれたが、私が立ち
上がり、かしこまった挨拶をしたことで、
親しみのある笑顔は瞬時によそ行きの顔に変わった。
「お待たせいたしました。どうぞそのまま……
申し訳ない、もう少しお待ちいただけますか。
浜尾君、平岡から連絡は? 」
「先ほどございました。定時に到着されたそうです。
すぐに視察先に向かわれるとの事でした」
「そうか。タイの情勢悪化で、アジア各国の航空機に支障が出ているらしい」
「空港の閉鎖ですか」
「あぁ、機体のやりくりがつかないそうだ。平岡も帰りはどうなるか」
「そうでうね。余裕を持って動いていただくようお伝えいたします」
「頼む。彼も向こうでは情報も入りにくいだろう。
外部の方が情報が早い場合もある。
何かあったらすぐに対応できるようにしておいてくれ」
「はい」
きびきびとした対応がなされ、宗と私に一礼すると彼女は部屋を去っていった。
ドアが完全に閉まるまで見届けると、私も宗も互いに顔を見合わせ、安堵の
表情になった。