ボレロ - 第二楽章 -
専務夫人ともなれば大変な仕事が待っている。
それだけではない、知弘さんは専務ののち、社長を引き継ぐことがが決まって
いるのだ。
そうなると、専務以上の忙しさと煩雑さが待っている。
パーティーに夫人として同伴しなければならない機会は格段に増え、自宅に客
を招いての接待も欠かせない。
奥さま方の付き合いもあれば、夫の代理で各所へ顔を出すことも少なくない
だろう。
それらを、この静夏ちゃんがこなそうと言うのだから、驚くではないか。
ノックの音がして、大叔母さまがお茶を運んで入ってこられた。
「どこまでお話が進んでいるの?」
「専務夫人になりますと、お話したところなの」
「おほほ……だからね、珠貴さんのお顔、びっくりしたままですもの」
こんな話を聞いて、驚くなという方が無理なことで、大叔母さまの余裕の笑み
に見つめられても、私は、まだ信じられないという顔をしていたはず。
「珠貴さんにお願いがあります」
「えっ、えぇ……」
「知弘さんは、数年務めたら珠貴さんに跡を譲るつもりですって。
演じるといっても、私にはずっと続ける自信はないの。
数年だと思ったから、覚悟を決めるからできるんです」
「私に跡を譲ったら、知弘さんは会社を退くつもりなのね」
「そうみたいです。私も、知弘さんが日本にいて取締役の間は、
妻の役目をしっかりこなすつもりでいます。
それから、私たちが先に籍を入れると、いろいろ不都合があるでしょう?
だから……私が帰ってくるまでに、私の準備が整うまでに……
宗との結婚を整えてください」
「……ここまで聞いては、立ち止まれないわね。
静夏ちゃんの準備期間はどれくらい?」
「一年と考えています。それ以上は待てません」
静夏ちゃんはきっぱりと言いきったあと、私を見据えた目が優しくなった。
大叔母さまの高らかな笑いを聞きながら、私は深いため息をついた。
帰り着くまでに、何度ため息をついたことか。
宗は 「ピンチはチャンスだ。今がそのときだよ」 といってくれた。
だが、このような展開になっているとは、思いもしないだろう。
一年と期限を決められてしまったのだ、迷うことなく前に進むしかない。
何から始めなければならないのか……
考えても私一人で答えの出る問題ではなかった。
帰宅後、宗に電話をし相談があると告げると、すぐに会おうと言ってくれた。
また出かけるの? と母に小言を言われたが、急ぐ用事だからと譲らず、母を
振り切って家を出た。