ボレロ - 第二楽章 -

22. con energia コン エネルジア (精力的に)



クールビズがもてはやされ軽装が叫ばれる中、私は、連日のようにかしこまった身なりを余儀なくされていた。

それもこれ、も静夏の ”お返し” のせいだ。

静夏の渡欧に同行すると言い出した母は、思い立って旅行でもするのだろう思っていた。

それにしては急な旅立ちだとは思ったが、さして疑問も持たず二人を送り出した夜、珠貴に食事に誘われた。

「一年の猶予には意味があるのよ」 と切り出され首をひねる私へ、珠貴の口が驚くことを告げた。



「予定日は、来年の2月半ばですって」


「予定日? なんの」


「出産予定日よ」


「えっ……珠貴、そうなのか?」



アペリティフグラスを持ち上げた珠貴の手がとまり、私の顔をまじまじと覗き込んだ。

不可解な顔を見せ、その直後 「違います」 と笑い出した。



「私じゃありません。もぉ、びっくりすることを言わないで」


「驚くことを言ったのはそっちだろう。違うって、じゃあ誰の出産予定日だよ」


「静夏ちゃんよ」


「はぁ? まさか!」


「本当よ。だから、おかあさまがご一緒に行かれたの。心配ですものね」



8週目ですって、そろそろ体調に変化がある頃ですものね、それにね……とお袋が同行した理由を並べていく。

珠貴の声は冷静で、述べられる内容は偽りのない事実であるのだろうが、私の理解を超えた事柄だった。
 
返事を忘れたように呆然としている私へ、ひととおりの報告をすませた珠貴は 「以上よ。ご質問は?」 と私ににこやかに問いかけた。



「どうして珠貴が知ってる。俺は何も聞いてない……」


「そうでしょう。静夏ちゃん、どなたにも言わずに日本を離れたんですもの。 

でも、おかあさまだけは静夏ちゃんの体の変化に気がついて、

昨夜、おかあさまにはお話したみたい」  


「だから、どうして珠貴だけが知ってる。

俺にも隠してたなんて、どういうことだ!」



いくら静夏から内密に打ち明けられたとは言え、私にまで隠していたことに怒りがこみ上げてきた。

怒りにまかせてにらみつけたが、彼女はすました顔でグラスの残りをのどに流し込み、ゆっくりテーブルに置くと私を見つめた。



「飛行機が飛び立ったあと、宗に伝えてくださいと頼まれたの。

静夏ちゃんから、宗へお返しですって」


「お返しってなんだ。アイツに仕返しされる覚えはない」


「お返しというよりお礼ね……

そうね、あなたへの宿題と言った方がいいかしら。 

あなたが結婚宣言したとき、ご家族のみなさまへ詳しくお話しなかったでしょう。

静夏ちゃん、大変だったんですって。だから……」


「だから……だからなんだって」



さっきまでの勢いは消えつつあった。


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