ボレロ - 第二楽章 -
お袋の帰国を待っていたが、静夏の体調が気になるらしく、ひと月は滞在すると返事があり、ことによってはそれ以上の滞在になり、帰国が延びる可能性があるという。
お袋の帰国を待ってはいられない、知弘さんと父を引き合わせる手はずを整え、二人の顔合わせをするべく私もその席に赴いた。
知弘さんについては、静夏が出国する前 「いずれ結婚を考えている相手」 として両親に話だけはしていたようだ。
いつかご両親にはお会いしなければと思ってはいたのだが、まさか、こんな早くお会いすることになるとは……
と、知弘さんも突然の事態に驚き戸惑っている。
男だけの席はぎこちなく、いつもなら会話に事欠かない知弘さんも、父の前では緊張の度合いが濃く、額に汗を滲ませながらの会食になった。
その翌週には、父と知弘さんの両親である須藤会長夫妻との対面の場を設け、私はその席にも同行することになった。
「本来なら僕がやるべきことなのに、宗一郎君の手をわずらわせてしまった。
申し訳ない。
君も忙しいだろうに……」 と知弘さんは恐縮していたが、「いえ、静夏から
頼まれたので。それに、これは極秘任務ですから」 と余裕の姿勢を示した。
もとはといえば、宗がぐずぐずしていたから、こんな事態を招いたのよ……とは静夏の言い分だ。
静夏の言い分はもっともで否定できないだけに、珠貴経由で静夏から渡された ”宿題” を、なんとしてもやり遂げなければならなかった。
伊豆の須藤会長夫妻と父の対面の場は終止穏やかで、ようやく一段ついたと肩の荷を降ろしかけたのだが、予定を早めて帰国した母のために、また、知弘さんとの引き合わせと会長夫妻との対面の席を設け、私が仲立ち役として同席するという、二重の手間を要したのだった。
さらに、知弘さんのご両親である伊豆の会長夫妻から 「婚約のしるしを交わしたい」 と申し出があり、現時点では両家のつながりを公にできないため、秘密裏にごく内輪の祝いの席を設け、結納が交わされた。
こうして ”静夏の宿題” はなんとか終了したのだった。
後日、知弘さんから電話があり、実は……と言いにくそうに切り出された。
珠貴の母親であり、知弘さんの義姉である人に話をしたという。
『一年以内に結婚するつもりだと伝えた。子どもが生まれることもね。静夏の名前は伏せたままだ。
須藤の義姉にはずいぶん世話になり、助けてもらった。私のことをずっと気にかけてくれていた。
義姉には話を通しておきたくてね、事後報告になって申し訳ない』
『いいえ、そんなことはありません』
『なぜすぐにでも結婚しないのかと聞かれたが、なんとか取り繕った。
だが喜んでもらえたよ。相手の方にお会いできるのを楽しみにしていると、
嬉しそうな顔で涙ぐんでね』
『そうでしたか……』
須藤の兄にも、おりをみて話しをしたいと思うが、いいだろうかと聞かれて、もちろんですと返事をした。
私にとって難関ともいえる人へ知弘さんはストレートに告白し、私たちが超えなければならない障害を、知弘さんはあっさりとクリアした。
正直、羨ましいと思ったが、私と知弘さんでは立場が違う。
簡単に乗り越えられる問題なら、とっくに解決しているはずだ。
まずは、いまの自分にできることをやるだけだ。
新たな決意が生まれた。