ボレロ - 第二楽章 -
静夏の様子を見に行くため旅立つ知弘さんを、珠貴と成田まで見送った。
知弘さんを送り出したあと、行きたい所があると言う珠貴につきあった。
夜の空港は人気も少なく、送迎デッキは無人に近かった。
「伊豆のおばあさま、静夏ちゃんの赤ちゃんのこと、ご存知だったんですって。
静夏さんから出国直前に電話を頂いたのよって、それはもう、
嬉しそうにお話になるの」
「ふぅん。アイツ、やることがいちいち癇に障るな」
「宗には不満でしょうけど、おばあさまには嬉しいことだと思うのよ。
知弘さんの赤ちゃんが授かったんですもの」
「そうだろうね。会長夫人にとっては初孫だからね、
ウチの親父も顔が緩んでるよ。
嬉しそうな顔をして、生まれる頃は梅の季節だなとか、
男か女かって気にして、お袋に笑われてる」
「近衛のおとうさまが? まぁ……そうよね。初めてのお孫さんですものね」
そういったあと、珠貴の顔が複雑な表情を見せた。
自分たちが、もしそうなったら、知弘さんと静夏たちのように、周囲は祝福し
て迎えてくれるのだろうか……とでも考えているのだろう。
おそらく私の考えは大きく外れてはいないだろう。
口に出してしまえば愚痴になる、わかっているから、彼女も思いを胸の奥にし
まっているのだ。
見えなくなった飛行機を、いつまでも見ている珠貴を後ろから抱え込んだ。
夜風にさらされた肌は、しっとりと湿り気を含んでいた。
「ここに来たの二回目ね。覚えてる?」
「覚えてるよ」
「あのときも、こうして抱いてくれたわね……」
家族を見送り寂しそうにしている彼女を、このデッキへと誘ったのだった。
不安げな背中がいとおしくて、胸に閉じ込めた。
けれど、今は違う。
ひとりじゃない、大丈夫だと伝えたかった。
しばらくじっとしていたが、振り向き私の耳に唇を寄せてきた。
「赤ちゃん、たのしみね」
「子どもは男だな」
「どうして? 女の子かもしれないのよ」
「いいや、静夏が産むんだ。あの気性からは男が生まれるにきまってる」
「すごい自信だこと、宗の予想があたるといいわね」
「当たるよ、絶対だ」
たのしみにしてるわ、と耳にささやき、唇を私の頬に押し当てると、また前を
向いた。
明るく振舞う珠貴の思いが、腕を通して伝わってくる。
滑走路の淡い明かりが滲んで見えた。
感傷に浸るのは今夜までだ。
彼女を強く抱きしめ、暗い空を見据えた。