ボレロ - 第二楽章 -


なかでも加南子叔母の発言は 「珠貴さんには、須藤の家にふさわしい方を

選んでいただかなくてはね」 と威圧的で 「珠貴には、申し分のないご縁を

頂いておりますので」 と、母がいつになく強い口調で言葉を返したことから 

「紀代子さんのご気性は、ご実家のお血筋ね」 と自分たちの口のうるささは

棚に上げ、母の実家を引き合いに出してきた。

言い返したところで、何の解決にもならないと心得ている母は、そこでじっと

堪えたのだが、私の縁談を良縁のものとし、叔母たちを見返したいという気持

ちは、さらに大きくなったに違いない。

そんなことから、母が私の結婚相手に神経質になるのもわかるというもの

だが、私にとっては迷惑でしかなかった。
 


『私には、将来を約束した人がいます。ご心配いただかなくてもけっこうです』


はっきり言葉にできたら、どれほどいいだろう……

うつうつとした気持ちがつのり、宗に会っても心が晴れず、うつむき加減の

ことが多かった。

ひととき、宗の腕の中で何もかも忘れるほどの時間を過ごしても、不意に襲っ

てくる虚しさや疲労感が、私に暗い顔をさせていた。

彼は、私の塞ぎこむ気持ちを察したのだろう。 



「何があったのか、話してくれないか……」



汗を滲ませ横たわる私の頬に手をあてながら、宗が問いかけてきた。

いつくしむような優しい声に、私はたまっていた思いをすべて吐き出していた。

私が話す間、宗は一切口を挟むことなく、ただうなずくのみ。

親族に抱えていた鬱積した感情を、彼の前で話したのはそのときが初めて

だった。

話を聞き終えた宗は 「そうだったのか……」 と切なそうな顔を見せ、私の

体をゆるりと抱きしめた。



「君のお母さんは大変な思いをなさったんだね。

そんな中で、意思を貫くのは容易ではないはずだ。 

風当たりも厳しかっただろう。 

しかし、環境の異なる家に入るというのは、それほど大変なことなのか……」



だけど……と言葉をとめ、私の頭を抱え込み額に唇をおいた。



「珠貴には、そんな思いは絶対にさせない。約束するよ」  


「私には、その言葉だけで充分よ」


「言葉だけじゃない。どんなことがあっても君を守る」



宗の言葉は、私の胸に深く刻み込まれた。

じっと私を見ていたが、真面目な顔が和らぎ、ふと優しい目になった。



「珠貴はお父さんに似ていると思っていたが、気性はお母さん譲りだったのか。 

君に似たお母さんだから、我々の気持ちを必ずわかってくださるはずだ」


「でも、私に似てるんですから、簡単には認めないわよ」


「ふっ、そうだね。さて、どこから崩そうか」


「崩す?」



返事はなくしばらく考える素振りをしていたが、ふたたび私を見た顔には、

余裕の笑みが浮かんでいた。

何かを思いついたのか、意思のある顔つきになった。

なぁに? と聞いてみたが 「なんでもない」 ととぼけた返事だけがかえっ

てきた。


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