ボレロ - 第二楽章 -


「良く来たね。迷わなかった?」


「えぇ、遠くからでも目立つビルですもの。でも、入るとき緊張したわ」



宗が歩み寄り、私の手をとり少し引寄せた。

手を握られたことで気を張っていた顔がようやく緩み、宗の胸に頭を預けると

緩やかに抱え込んでくれた。



「そんなに緊張した?」


「それはもう、敵地に単独乗り込む気分だったわ」


「敵地じゃないだろう」


「だって、そう思えたんですもの。受付の方に案内していただいて、

こちらでは秘書の方が対応してくださって、みなさん優秀な方ばかりね」


「君にそういってもらえると嬉しいよ」



宗は私の髪に口を押し当てたが、それ以上のことはなかった。

部屋に鍵などかけていないのだから、突然誰が入室するかもわからないのだ。

宗の分別のある行動を評価しながら、どこか残念な思いもしていた。



「重役室にお花を置いているのね」


「グリーンばかりよりいいだろう?」


「そうね、潤いがあるわ。お手入れは大変でしょうけどね」


「はは……平岡もそう言ってたよ。ふだんは彼女が手入れをしてくれるが、

いない日は平岡の仕事になっている。

枯れた花をそのままにしておくと、翌日彼女に怒られるそうだ。

お客様に失礼でございますよ、ってね」


「優秀な方ね。そんな方がそばにいらっしゃると、

女性を見る目が厳しくなるでしょうね」


「彼女は完璧だよ。何をやらせても抜かりなくこなす。

美人で、気が利いて控えめで、秘書としては最高だね」


「まぁ、それはよろしいこと。私とは大違いだわ。

私ときたら、気が強くて意地っ張りで、

言いたいことは我慢できない性格ですもの。

宗一郎さんのお気に触ることもあるでしょうから、

いつあなたから愛想をつかされても……」



私をからかって、彼が意地悪を言っているのがわかっていながら、つい意地を

張って心にもないことを並べていた。

すべてをいい終わらないうちに、宗が私の腰を引寄せた。

そっと見上げると、満足そうな顔が私を見下ろしていた。



「怒ったり拗ねたりする珠貴の顔はたまらないね」


「ひどいわ。私を怒らせて楽しむなんて」


「楽しいよ」



涼しい顔をして、私の心をくすぐるような台詞を口にする。

さぁ、本題に入ろうか。いい物が見つかった? などと、さっと話題を変える

ところは憎らしいほどで、甘い感覚の残る彼の胸から離れ、私は持参した品を

並べた。



「プライベートで身につけていただくのなら、少し華やかな物をと思ったり、 

でも、あまり光沢のない方がいいのかしらなんて、

考えはじめたら決められなくて、数点お持ちしました」


「ブローチといってもいろんな形があるもんだね。

俺も決められそうにないよ。ここはやはり彼女に相談するか」


「お詳しい方がいらっしゃるの?」


「詳しいかどうかは知らないが、母親の好みはわかるんじゃないかな」



そういうと、宗は立ち上がりドアを開けると 「浜尾君を呼んでくれ」 と

告げた。



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