ボレロ - 第二楽章 -


「おかあさまこそ、こんな時間にどうしたの?」


「今日は北園さんが来て下さる日なの。あの方、朝がお早いでしょう。

もうお仕事を始めていらっしゃるはずよ」



北園さんは我が家の庭の管理をしている造園家で、須藤の先代からの付き合い

があり、四季を通じて庭の手入れをお願いしている。

今でも大事な作業は社長自ら赴き、先頭に立って作業をこなす職人気質の人で

もある。

北園さんが姿を見せる日は、母は必ず顔を出し 

「ご苦労様です。お世話になります」 と声をかけていた。

今朝の作業は通用門近くの大木の剪定だと聞き、このままでは母と宗が顔を合

わせることになるとあわてた。

困ったことになった、このままでは相手が宗だと知れてしまう。 

なんとか母の注意を他へ向けようと 「あっ、そうだわ」 と思いつきで話を

はじめようとしたが、母の目はいち早く宗を見つけた。



「まぁ、近衛さん……珠貴ちゃん、どういうことかしら」



なんと弁解をしようかと考えながら、おそるおそる顔を上げると、宗と北園

さんが、にこやかに立ち話をしているのが見えた。

二人は面識があった。 

我が家で行われたガーデンパーティーで、宗と言葉を交わした北園さんは 

”心意気が気に入った。この庭を継いで守って欲しい人だ” と大変な気に

入りようで、宗を 「近衛の若」 と親しみを込めて呼んでいる。

そして宗も、 北園さんを 「北園の親方」 と呼び慕っていた。


母の声が聞こえたのか、二人はこちらを向き 「おはようございます」 と先

に大きな声で挨拶をしたのは北園さんだった。

宗は母と目があうと、まず頭を下げ、それから良く通る声で挨拶があった。



「おはようございます。朝早くお邪魔しています」


「……おはようございます。あの……」



挨拶を返したものの母は大いに戸惑い、次の言葉を失っている。

挨拶だけですむとは思えない。 

この状況を、どう母に説明したらいいのか……

心臓の音が聞こえるのではないかと思えるほど鼓動は大きくなり、混乱する頭

を整理できずにいるのに、私の心配をよそに、宗は涼しい顔で母への言葉を続

けていた。



「今日は珠貴さんとご一緒させていただきます。

昼までには帰る予定ですが、よろしいでしょうか」


「えっ、えぇ……」


「ありがとうございます」



満面の笑みで母に頭を下げると、宗は北園さんに 「楽しいお話をうかがい

ました」 と丁寧に礼を述べ、「さぁ、いこうか」 と私を車へと促した。

言われるままに車に乗り込んだが、バックミラーから母の姿が消えるまで私は

胸は飛び跳ね、落ち着くことはなかった。
 

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