ボレロ - 第二楽章 -


これからが正念場だ、すぐにも母の追及が始まるだろう。

「珠貴ちゃん、これはどういうことなの!」 と眉を吊り上げた目が私を睨み

つけるに違いない。

しかし、ここで逃げるわけには行かない。

大丈夫……宗の言葉を思い出し、自分に言い聞かせた。


ほどなく母に呼ばれ、覚悟を決めて母の前に立った。

「どういうことなの? あなたたち、いつから……」 そう言われるだろうと

身構える私の耳に聞こえてきたのは、まったく別の言葉だった。



「近衛さんがおっしゃっていた青木先生というのは、

おじいちゃまのことなの?」


「えっ、えぇ、そうよ」


「例の本がと、聞こえたけれど……」



話の流れに戸惑いながら、私は宗から預かった本を母に差し出した。

受け取った母は本を見るなり、驚きを隠せない表情になった。



「こちらの本を、近衛さんが探してくださったの? 

絶版になった本なの、おじいちゃまがずっと探していた本だわ」


「そうみたいね。私もおじいちゃまから聞いたわ。

いつだったか、彼にその本の話をしたら、自分も読んでみたい、

古書店につてがあるから、探してみると言ってくれて……

でも、古書街を歩き回っても見つからなくて、

いろんな方に声をかけて探してくださったみたい。

知り合いの方が情報を下さって、彼、持ち主の方のところに

交渉にいったんですって。快く譲ってくださったそうよ」


「そうだったの……おじいちゃま、喜ぶわ」



古い本を手に、母は自分の宝物に出会ったように感慨深い顔をしていたが、

はっと我にかえった表情になった。



「わかっているでしょうけれど、ご本のこととあなたたちのことは、

別問題ですからね」


「まさか、彼がおかあさまの機嫌を取るために、

おじいちゃまの本を探し出したと思っていたの?」



すぐに返事がなかったことから、私の言ったことは的外れではなかったようだ。

とんでもない、思い違いもいいところだ。



「彼はそんな人じゃありません。

機嫌を取りたいのなら、直接おかあさまに本を渡しているはずよ」  


「そっ、そんなことは思っていませんよ。

ご本のことはありがたいと思います。だからといって……」


「近衛さんのどこが不服なの? 

おかあさまの望む相手として、彼に足りないものがある?」



認めませんといわれる前に、私は母の言葉をさえぎった。

ここで引き下がっては、話すきっかけを失ってしまう。

宗との出会いから隠さず話そうと思っていたが、それどころではない。



「そういうお話じゃないでしょう。私が言いたいのはね」


「宗一郎さんは、申し分ない方だと思っているわ。

おかあさまが求める条件を、すべて満たしている方よ」


「そうですけど……」


「おかあさまならわかってくださると思っています。

彼、今朝、おかあさまにご挨拶できて良かったって。

帰りもお会いして、お礼をお伝えしたいと言って、

ここまで送ってくださったの」



母に、彼をどのように思うかと訊ねてみた。

気持ちの良い方ねと、嬉しい感想だったが、でもね、と揺れる気持ちも続けて

母の口からこぼれてきた。



「どれほど近衛さんがすばらしい方でも、おとうさまにお話できないわ。

近衛さんはご長男なのよ。あなた、それがわかっていて」


「おとうさまには、宗一郎さんがお話をしてくださるそうです」


「あなたたち……」



驚きながらも、母は何かを深く思案する顔になっていた。

次の言葉を息を詰めて待っていたが、それ以上宗についての追及はなかった。


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