ボレロ - 第二楽章 -
「浜尾さんって、えっ、彼女は浜尾さんのお嬢さんなの?」
「そうだよ。気がつかなかったのか?
珠貴はてっきり気がついているかと思ってた」
平岡さんの部下で優秀な人だと聞いていたのに、先ほど彼女の名前を聞いた
にもかかわらず、私はそれらを結びつけることはなかった。
ほどなく部屋に現れた浜尾さんは 「これだけど、どう思う?」 といきなり
宗に聞かれ、怪訝そうな顔をした。
「お母さん、来月の誕生日は覚えてたんだが、還暦なんだって?
世話になりっぱなしだからね。記念に何か贈りたいと思ってね」
「ありがとうございます。母も喜びます。
副社長、母の誕生日を覚えていてくださったんですね」
「6月6日、君の誕生日と同じだから忘れないよ。
親子でぞろ目だって、いつも言ってたじゃないか。
ついでに歳も覚えてるぞ。君は正人より4つ上だから、真琴は今年で30……」
「副社長、そこまでになさってください!」
それまで冷静を保っていた浜尾さんが、顔を真っ赤にして声をあげ宗を睨み
つけている。
「あっ、悪い」 と、たいして悪びれもせず謝る宗に、浜尾さんの目はなおも
抗議の目を向けていた。
二人は幼馴染みでもあるのだろう。
真琴と名前で呼ばれたことで、上司と部下の立場が一気に幼い頃へと戻った
ようだ。
「近衛さま、いかがでしょう。浜尾さんのお誕生日にも何か贈られては」
「あっ、そうだな……」
「いえ、私、そういうつもりでは……大変失礼いたしました」
先ほどの威勢はどこにいったのか、浜尾さんは何度も申し訳ありませんと謝り、
母にはこれを……と手早く希望を述べると、 「失礼いたしました」 と
足早に部屋を出て行った。
「はぁ……久しぶりに怒られた。アイツを怒らせるとあとが怖いんだ」
「宗にも怖い人がいるのね。ふふっ、彼女のご機嫌をとらなくちゃ、ねっ?」
「あぁ……」
「真琴さんのバースデープレゼント、何がよろしいかしら?」
「なんでもいいよ。珠貴が選んでくれ」
「ダメよ、宗が選ばなくちゃ。彼女の好きな色なんてわかればいいけれど」
「それなら間違いなくグリーンだよ。小さい頃からそうだった。
どれがいいかって聞くと、必ず緑の物を手にするんだ」
わかりました、ではグリーン系で選んでおきますねと宗の背中に声をかけた。
どんな色が好きなのかとの問いかけに、即座に返答があるとは驚きだった。
それほど、宗と真琴さんは互いを知っているということでもあった。