ボレロ - 第二楽章 -


接待がどちらかの都合で変更になることは、ままあることだ。

今夜は、方の都合で予定がキャンセルとなり思わぬ時間が舞い込んだ。

天候不良のため飛行機が欠航し、上京できないのではどうにもならず、 

『お目にかかれず残念です。では次の機会に……』 と、声のトーンを

落として電話口へ告げながらも顔は晴れやかになっていた。


ポッカリとあいた時間を埋めるため、一緒に過ごしてくれる相手へとメールを

送る。

こっちの都合が良くても、向こうも時間が取れるとは限らない。

この二週間ほどのすれ違いを考えると、今夜も無理ではないかと思えてくるの

だが、祈るような気持ちで返信を待つ私の手の中で、ほどなく携帯が震えた。


『マンションに伺います。8時過ぎには』


珠貴の忙しさを物語る短い文面だった。

彼女も土産の中身が気になっているのだう。

いつもなら 『どこへ行けばいいの?』 と聞いてくるのに、今夜に限っては

その問いかけはなかった。





メールで伝えられた時刻よりやや遅く姿をあらわした珠貴は、いかにも

重そうな紙袋を提げていた。

この前のように、玄関ドアを閉めると同時に胸に飛び込んできてくれるかも

しれないとの甘い期待は紙袋によって阻まれ、珠貴を抱くかわりに手渡された

重い袋を抱えることになっていた。

部屋に通すとすぐに例の箱が目に入ったらしく 「これでしょう?」 と

期待感いっぱいに聞いてくる。



「こんなに大きな物だとは思わなかったわ。

蒔絵さんに、何をくださるの? って聞いても、教えてくれないんですもの」


「平岡もそうだ。土産はなんだと聞いても、見ればわかりますって、

思わせぶりな奴らだよ」


「開けてみましょうよ」


「うん」



今度こそ彼女を引寄せて……と目論んでいたのに、またしても阻まれ、

柔らかい肌をつかまえるはずの手で、長旅でところどころへこんだ箱の

荷解きをはじめた。

ひもを解きテープをはがし蓋を開けると、幾重にも紙に包まれた物体がふたつ

入っていた。

割れ物であるとひと目でわかるそれをそっと取り出し、珠貴とひとつずつ

包み紙をひらいていく。

最後のクッション材を取り払ったあと現れた品に、珠貴が深いため息を

漏らしたのも頷ける。

見る角度によって色の異なるガラス細工は、例えがたい輝きとともに深い色を

たたえていた。



「ランプシェード、なんて綺麗な色なの」


「そろいの物を買ってくれたのか。気が利くじゃないか」


「ねぇ、見て。これ同じ物じゃないわ、一対になってるのよ。ほら、こうすると……」



珠貴の手が動き、離れて置かれたランプが寄せられると、曲線がぴたりと

重なり新たな形をあらわした。

明かりを灯してみましょうかと言われ、ランプのスイッチを入れ、代わりに

室内の明かりを落とした。



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