ボレロ - 第二楽章 -
「ほぉ……明かりがもれて天井に浮かび上がるのか」
「幻想的な光ね……そうだ、蒔絵さんからカードを預かってきたの。
一緒に読んでくださいって」
珠貴が慌ててバッグからカードを取り出し、ランプの淡い明かりを頼りに
文字を読み上げるのを、そばに寄って一緒に覗き込んだ。
『ひとつずつお持ちください。
いつか、二つのランプが重なるときが来ることを願っています
平岡篤志 平岡蒔絵』
鼻の奥が湿り、目まで湿り気に包まれぼんやりと視界が霞んできたが、
暗がりが私の顔をほどよく隠してくれている。
となりで、グスッと控えめな音が聞こえ、珠貴が鼻を押さえた仕草に、
こらえきれずに彼女の肩を引寄せた。
あふれる思いが二人の間にあったが、私も珠貴もしばらく声にすることが
できなかった。
「ワインでも飲みたい気分だな」
「まぁ、珍しい」
「食事はまだだろう? 出かけようか」
「今夜は、この明かりを見ながらすごしたいわ」
「いいけど、ここ食い物は何もないよ」
「また食い物なんて言う……ふっ、まぁいいわ。少し待ってて。
キッチンをお借りします」
立ち上がると、滅多に開けることのないワインセラーの前に行き、
一本頂いてもいいかしらと弾んだ声がした。
どれでも好きなのを選んでくれ、全部もらいものだからと告げると、
嬉しそうに胸の前で指を絡ませながら中を覗き込む真剣な目が、今夜の一本の
選定をはじめた。
テーブルには、ワインにおあつらえ向きな料理が並べられている。
大皿に少しずつ盛られたそれは、珠貴が持参した袋に入っていた品々だった。
「ちょっとしたパーティがあったの。
上得意様をお招きして、新作のご予約会ってところかしら」
「特別な客へは料理も特別か。凝った物をだすんだな」
「そうね。みなさま、お口も、それはもぉ……」
「肥えてるからな」
ふふっ、そうなの、とグラスを持った体が揺れる。
会のあとの、スタッフの慰労会用の料理を持参したとの説明で、ここにくる
ために、珠貴は一足先に退出したらしい。
料理は客へ出したものと同じだそうで、さぞ客の舌を満足させただろう。
中でもチーズが絶品で、しきりに手を伸ばしていたが、はっと思い出すことが
あり手を引っ込めた。
”宗一郎さま、同じものばかり召し上がってはいけません。
みなさまの食されるペースにあわせて……”
なぜこんなときに、浜尾さんの厳しい言葉を思い出したのか。
それも声は浜尾さんだが、頭に浮かんだ顔は真琴で、二人から小言を言われて
いるような気分になった。
「どうしたの? 口にあわなくて?」
「いや、俺ばかり食べてるから……」
「いくらでも、お好きなだけどうぞ。
考えながら食べては美味しくいただけないでしょう。
ワインのおかわりはいかが?」
「あっ、うん。もういいよ……」
遠慮なく手を伸ばす私の姿に珠貴も呆れているのかもしれないと、そんな風に
考えていた私へ向けられた珠貴の言葉は、気持ちを楽にさせてくれた。