ボレロ - 第二楽章 -


数日後、私の憂鬱を増長させる出来事があった。


『浜尾真琴でございます。突然お電話差し上げまして、申し訳ございません。

少々お時間をよろしいでしょうか。

副社長からお聞きしたものですから……実は……』


昼休みの時間帯を見計らってかけられただろう電話だったが、その気遣いに

感心しながらも電話の相手に顔をしかめた。

真琴さんの母親が、ブローチを使う際誤って留め金を破損してしまったため

修理をお願いしたい。 

近々使う予定があるので、申し訳ないが急ぎお願いできないかと、非常に

丁寧な物言いでの依頼だった。

浜尾真琴さんの恐縮した声を聞きながら、私は舌打ちしたい気分だった。

急ぐことでもあり、携帯なら確実に私がつかまるだろうと考えたのかもしれ

ないが、それなら宗が私に連絡をすれば事足りるではないか。

用件自体は私に直接連絡して当然の内容だったが、宗が私の携帯番号を

真琴さんに教えたことが癇に障っていた。


その夜、彼からの定期便の電話に苦言を並べ立てた。

なぜ真琴さんに番号を教えたのかと尋ねると思った通りの返事があり、自分は

会議や来客で手が離せなかったからだと、宗は悪いと思う様子もなく理由を

のべてきた。



『それならメールでもいいはずよ。

こちらから伺って、ご用件をお聞きする方法もあるのよ。なのに……』


『そんなまどろっこしいことをする必要はないだろう。いいじゃないか。 

この先、彼女に何か頼む事だってでてくるかもしれない。

珠貴の連絡先を知ってもらった方が、何かと便利だからね』


『何かって……何を頼むつもりなの? 私はあまり気が進まないわ。 

些細なことを真琴さんにお願いするのは……』


『そう難しく考えなくてもいいだろう』


『そういう問題じゃないの。どうしてわかってもらえないの? 

これ以上話しても無駄のようね。おやすみなさい』



珠貴 たまき……と、聞こえてくる声を断ち切るように携帯を閉じた。

ベッドサイドに置かれた彼とそろいのランプの明かりでさえ、今夜は疎ましく

見えてくる。

宗を思い出させる物に八つ当たりをするように、ランプのスイッチを乱暴に

消した。




                    
< 40 / 287 >

この作品をシェア

pagetop