ボレロ - 第二楽章 -
彼に腹を立てたからといって、真琴さんからの依頼は大事なことでもあり
見過ごすわけにはいかない。
けれど、わだかまりの残る心を抱えて宗の顔を見る気にはなれず、蒔絵さんに
ブローチを取りに行ってもらうことにした。
デザイン室に戻った彼女から、宗の様子がもたらされた。
「室長、近衛さんとケンカでも?」
「彼、何か言ってた?」
「彼女、ご機嫌斜めだろう? と聞かれました……」
事情を話しながらつい愚痴も零れ、蒔絵さんは静かに私の話を聞いていた。
「わかります。室長の……珠貴さんの気持ち。私もよくありますから」
「平岡さんが? そんなことないでしょう。細やかな心遣いをされる方だもの」
「そうでもありません。ケンカなんてしょっちゅうです。
男の人って、私たちが考えるほど深く考えてないみたい」
「あら意外だわ。でもちゃんと仲直りするのよね。私たちは当分無理だわ。
今では彼を連想させる物を見ただけで腹立たしいの」
それは重症ですね、と蒔絵さんは気の毒そうにいい、その顔は狩野さんと同じ
表情をしていた。
宗の電話を一方的に切ってから彼からの定期便もこなくなり、そうなるとまた
余計に苛立ちが募ってくる。
私も勝手なものだと自分の態度に嫌気もさしながら、こちらから折れるのは
許せない。
どちらからも連絡のない日々を過ごすうちに梅雨が明け、夏の日差しが眩しく
降り注ぐ季節がやってきた。
意地っ張りな私たちは、このまま夏を過ごしてしまうのではないかと思うほど
会わない日が続いた頃、思い出したように宗からメールが送られてきた。
『花火を見に行かないか。招待を受けている。
食事の用意もあるそうだ。浴衣を着た珠貴を見てみたい』
なんて一方的なメールなの。
私たち、ケンカしてたはずなのに、浴衣を着た私をみたいだなんて……
ブツブツと携帯に向かって小言を言いながら、自分の気持ちが弾んでくるのが
わかっていた。
浴衣といっても、若い子が着るような派手な柄は場にふさわしくないだろう。
濃い色の浴衣生地はどうだろうと、何枚かの手持ちの生地を頭に思い描いた
けれどどれもしっくりこない。
夏物なら……縮みはどうかしら、ざっくりとした帯と合わせたら、きっと
涼しげに見えるはず。
そうだ、帯枕をはずして角だしで締めてみようか。
伸びてしまった髪も襟元で切りそろえて、襟足をすっきりと見せなくては。
あれこれと、出かける日のことを思い描くのは何と楽しい時間だろう。
『ご一緒します』 と返信をすると 『待ってるよ』 と短い一文が即座に
かえってきた。
その日のための装いの段取りを決める頃には、宗に腹を立てていたことも
忘れていた。