ボレロ - 第二楽章 -


また蝉か……

どこで鳴いているのだろう。



「そう……宗、また考え事?」


「えっ? あっ、なに?」


「さっきから何度も蝉って……思い出でもあるのかしら」


「あぁ、そうだね。あまりいい思い出じゃないね。

あの声を聞くと……いや、なんでもない。 

これからどうする。まだ時間はあるんだろう?」


「今夜は帰りましょう。ときには一人で考える時間も必要だわ」


「どうもスッキリしなくて……まだつきあってくれるんだろう?」


「気持ちを整理するのも大事なことよ。今夜は帰ったほうがいいわ」


「だけど……」



別れた相手を目の前にして、こんなにも心を乱されるとは自分でも意外だった。

珠貴に余計な気を遣わせることにも引け目があり、空元気をつくろったが、

私の胸の中まで見透かすような目が私を見ていた。



「私はいつでもここにいるから、忘れないで」



珠貴は人差し指を私の胸の上におき、ツンと小さく弾いた。

なんと返事をしようかと困った顔をしていると、ふっと緩んだ口から予想も

しない言葉が飛び出してきた。



「付き合ってほしい所があるの。今度のお休みはいつ? 午前中だけでいいの」


「午前中? 午後じゃだめなのか」


「午後でもいいわ、朝食かランチをご一緒してほしいの。

ただし夜じゃだめなの。それから、あまり先でも困るかも」


「それなら、来週の火曜日なら時間が取れる。

夕方の接待に間に合うなら、それまではフリーだ」


「夕方までに帰るとして……朝早いのは大丈夫よね。

5時にマンションに迎えに行きます。エントランスに待ってて」


「5時って、朝の5時なのか?」


「えぇ、朝5時よ。寝坊しないでね」



何がなんだかわからないが、珠貴と一緒に朝食をとるらしい。

謎めいた口元に聞きたいことはいくつもあったが、言われるまま返事をして、

その夜は別れたのだった。  




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