ボレロ - 第二楽章 -
けれど、あるとき紫子に言われた一言で、このままでいいのだろうかとの
疑問がわいてきた。
「宗一郎さんが努力するべきだわ。あの方、控えめですもの。
ご自分から動くことはないと思うの。
理美さん、待ってらっしゃるのかも」
「紫子は心配しなくてもいい」
年下の、それも弟の婚約者に指摘されたことで、ばつの悪さもあり紫子の
指摘はもっともだと思いながら口では否定するようなことを言っていた。
けれど、何をどうすればいいのか皆目わからないというのが本音だった。
「立ち入ったことを言いますけど、お二人で過ごされたことないでしょう?
いつも誰かがそばにいるなんて,そんなの不自然だと思うの」
「そんなこと俺に言われても困るね。
あっちが誰かを連れてくるんだ、連れてくるなとは言えないだろう」
「言えばいいじゃない」
よほどじれったい思いで私たちを見ていたのだろう。
だんだん遠慮のない意見を口にするようになった紫子は、最後には怒った
ように言い放ち、目を潤ませ感情的になっていた。
紫子の親身なというかおせっかいというか、彼女の意見に背中を押される
ように、ほどなくして私は理美を演奏会に誘った。
渡したチケットは一枚だったから、彼女が誰かを連れてくるわけにはいかない。
一人で私の横に並んで演奏を聴くほかないのだ。
待ち合わせ場所にこそ運転手が送ってきたが、その後は帰宅まで二人で
過ごし、いつもより会話もスムーズだった。
冬を前にした秋の夜は予想以上に寒かった。
演奏会後外に出ると思わず身震いする夜風が吹いていて、夕方までの
穏やかな陽気はどこにもなかった。
しきりにこすり合わせる手が目に入り 「寒いでしょう」 といいながら
彼女の手を握った。
驚いた顔をしていたが寒さには勝てなかったのか、私の手に包まれながら歩き
出した理美に寒くないかと聞いたところ、顔を横にふり 「温かいです……」
と消え入りそうな返事があった。
それから理美と出かけることが増えていった。
演奏会や芝居、スポーツ観戦といったチケットが必要なものを選び、
時間を共有したあと食事をし並んで歩きながら感想を話した。
いつまでも手を握っているだけではなかった。
少しずつ触れ合うことも増え、唇を合わせるまでにそう時間はかからなかった。
だが、その先を彼女が許すことはなく、熱情に任せて抱きしめても理美は身を
固くするばかりで、私を受け入れようとしなかった。
よほど厳しくしつけられたのかとも思ったが、それにしても彼女の強固な
までの姿勢は度を越していた。
いつしか私も理美を求めることを諦め、また以前のような乾いた関係へと
戻っていった。