ボレロ - 第二楽章 -


婚約しているからといって、ほかの女性と会わないなどという潔癖さは私には

なく、一緒にいて楽しい相手となら食事をともにし、親密な時間を持つことも

あった。

けれど彼女たちとその先どうにかしたいとの思いはなく、相手も私に何かを

要求したりはしない。 

彼女たちとの付き合いは友人の延長のようだと思っていたが、私の行動が耳に

入ったのだろう、

理美の祖父に、ほどほどにしてもらいたいと嫌味を言われたこともあった。

私の素行は理美も知っていたはずだが、彼女からは何を言われることもなく、

時折会っても淡々とした

会話が交わされるだけで、平行線の関係が変わることはなかった。 

そんなことはどうでも良かった。

別段気にすることでもない、いつかは彼女と結婚しなければならないの

だからと、半ば諦めのような思いだった。


潤一郎と紫子の結婚が決まり、間をおかず私たちもと話が持ち上がった頃から

理美は不安定な感情を見せるようになった。

一緒にいても落ち着かず、式の段取りを決める最中に気分が悪いといって退席

することもあった。

いわゆるマリッジブルーだろうと周囲の者たちは片付けていたが、私には

そんな簡単な理由には思えなかった。

かといっていつまでもふさぎ込まれては困るというもので、いい加減に現実を

見てもらわなければならない。

理美と話し合わなければならないと考え、ある日の打ち合わせのあと、彼女に

話があるからと二人だけで部屋に残った。


梅雨の合間、初夏の日差しが照りつける日だったと覚えている。

母親たちが立ち去ったあとの部屋はガランとしており、不安げな理美は

ポツンと椅子に腰掛けていた。

言いたいことがあるなら今のうちに言っておいたほうがいいよと告げると、

何もありませんと感情のない声がした。



「本当にないの? 君を見ていると不満だらけのような気がするけどね」


「そんなことありません。決まったことに従うだけです」



その言い方は投げやりで、私との結婚などたいしたことではないと言っている

ようでもあった。



「従うだけか……そんなの寂しいね」


「でも、私にはそうするしかありませんから……」



声が震えていた。

精一杯の抵抗の言葉だったのだろう。

自分の意思とは関係なく決められていく物事に、ただ従うだけの彼女が不憫

だった。

もっと私が気持ちを預けていたらこの人も楽に過ごせただろうにと思うと、

急に理美がいとおしくなり腕を引き寄せて抱きかかえていた。

抱かれても抱き返すでもない体に、私なりに思いを伝えようとした。

顎に手をおくと、そうすることが決まっているように目を閉じ、じっと私の

唇を受けるだけ。

何の反応もない体をなんとか振り向かせようと、やや乱暴な行動に出た私に

驚いたのか、理美はやめてくださいと言い続けた。


やめてくれといわれれば、もっと攻めてやろうと意地悪な思いがこみ上げて

くる。

彼女の意思など気づかぬように唇を吸い上げ、胸を鷲づかみにし腰を

揺さぶった。



「お願いです、やめて。お願いだから……いやっ、小林、助けて!」



理美の最後の一言に、私は激しい衝撃を受けた。

その二ヵ月後、私たちは婚約を解消した。





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